平家物語 あらすじ
平家物語とは、鎌倉時代にできた軍記物語です。平清盛をはじめとする平家一門が栄え、源氏との戦い(源平合戦)に敗れて壇ノ浦で滅びるまでを描いています。琵琶法師が語り伝えました。「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり」で始まる冒頭は、「おごれる者も久しからず」という無常の考えをよく表しています。作者ははっきりせず、いくつかの説があります。
物語は、清盛の父・忠盛が武士として初めて宮中の殿上に上がることを許される場面から始まります。清盛の代になると平家は天下を握ります。そのあいだに、白拍子の祇王が清盛に捨てられる悲劇や、平家を倒そうとする密談「鹿ヶ谷の陰謀」、ただ一人島に残された俊寛の運命など、権力のおごりがもたらす出来事が続きます。
やがて源頼政と以仁王の挙兵をきっかけに、各地の源氏が立ち上がります。富士川での敗走、清盛の死、倶利伽羅峠での大敗を経て、平家は都を捨てて西へ落ちていきます。都に入った木曽義仲も、源義経らに討たれます。そのあと一ノ谷の坂落とし、敦盛の最期、屋島の扇の的と戦いが続き、最後は壇ノ浦で幼い安徳天皇とともに一門が海に沈みます。
物語の最後では、ただ一人生き残った建礼門院が、大原を訪ねてきた後白河法皇に自分の生涯を語り、静かに世を去ります。
あらすじ一覧
第1話50年後に海に沈む一族の、最初の勝利 ―殿上の闇討ち―
漫画のあらすじシリーズ第1話。武士として初めて殿上に上がったタダモリは、それを妬む公家たちに宴の夜の闇討ちを企てられる。息子キヨモリが見守るなか、刃を一度も振るわず、暗がりできらめく「刀」と忠実な家来イエサダだけで、見下してきた者たちを黙らせる逆転の物語。
原典では平家物語は、平家一門が栄えてから滅びるまでを語る軍記物語です。最初の段「祇園精舎」は、物語全体のテーマを示す序文にあたります。インドにあった祇園精舎の鐘の音や、娑羅双樹の花の色を例にして、この世のものは移り変わり、勢いのある者もいつか必ず衰えると説きます。おごり高ぶる者の栄えは、春の夜の夢や、風に吹き飛ばされる塵のように長くは続かない、というのです。
第2話かばった少女に、主役を奪われた ―祇王―
漫画のあらすじ都で最強の権力者・清盛に愛された舞い手の祇王は、押しかけてきた少女・仏をかばったせいで、一夜にして館を追い出される。屈辱と絶望の果てに尼となった祇王のもとへ、ある秋の夜、すべてを捨てた仏が訪ねてくる。
原典では『平家物語』の巻一に収められた「祇王(ぎおう)」は、平清盛の気まぐれに運命を振り回された女性たちの物語です。合戦の場面はありません。それでも、平家がいちばん栄えていた時代に、権力者の心ひとつで人の暮らしが一夜でひっくり返るようすを描いた、とても印象に残る章です。
第3話ダジャレの密談は、筒抜けだった ―鹿ヶ谷の陰謀―
漫画のあらすじシシガタニの山荘で酒の器「瓶子(へいじ)」を倒し、平家を倒す相談で笑い合った夜——いちばん笑っていた山荘の主シュンカンは、仲間の密告から始まるキヨモリの報復で、すべてを失っていく。鎧を着た父の暴走を止めたのは、平服で現れた息子シゲモリの涙だった。第3話。
原典では「鹿ヶ谷の陰謀(ししがたにのいんぼう)」は、平安時代の終わり、治承元年(1177年)に起きた事件です。後白河法皇の近くに仕える人々が平家を倒そうと相談しましたが、仲間の密告で発覚しました。
第4話許し状に、自分の名前だけがない ―俊寛(鬼界ヶ島)―
漫画のあらすじ三人で流された火山の島に届いた許し状には、俊寛の名前だけがなかった。去っていく船にすがり、浜に一人残された男のもとへ、何年もたってから一人の少年が海を越えて会いに来る。
原典では平清盛を倒そうとする相談(鹿ケ谷の陰謀)に加わった罪で、僧の俊寛、藤原成経、平康頼の三人は、薩摩の沖にある鬼界が島へ流されます。『平家物語』によると、島には田畑がなく、米も絹もありません。言葉の通じない住民がわずかにいるだけです。高い山では火が燃え続け、硫黄が満ちていました。
第5話妖怪を射た老人、70代で反乱へ ―宇治川の戦い(橋合戦)―
漫画のあらすじシリーズ第5話。息子への侮辱に怒った源氏の老将ヨリマサは、皇子モチヒトオウと平家打倒に立つが、宇治で若武者の馬筏に川を押し渡られる。かつて黒雲の中の怪物ヌエを一矢で射落とした老将は、霧の中の見えない的に最後の一矢を放って皇子を逃がし、平等院で辞世を詠む――あの夜に残った二本目の矢は、命令書とともに東国の若い源氏の手に届いていた。
原典では治承4年(1180年)、平家が朝廷の実権を握っていたころの話です。源氏の老将・源三位入道頼政は、夜にこっそり後白河院の皇子・以仁王を訪ね、平家を討つよう勧めました。頼政は各地にいる源氏の名前を一人ずつ挙げ、味方は大勢いると説きます。王は心を決め、平家を討てという命令書「令旨(りょうじ)」を出しました。令旨は新宮十郎行家が山伏の姿で東国へ運び、伊豆に流されていた源頼朝のもとにも届けられます。
第6話数万の大軍が、鳥の羽音に負けた ―富士川の戦い/清盛の死―
漫画のあらすじ都を福原へ移した清盛は、挙兵した頼朝を討つため孫の維盛に大軍を預ける。しかし老将・実盛の話におびえた平家軍は、水鳥の羽音に驚いて戦わずに逃げ出す。奈良の大仏殿を焼いた翌年、身内には甘い顔も見せた清盛は燃えるような熱に焼かれ、「頼朝の首を墓の前にかけよ」と言い残して息絶える。
原典では治承四年(1180年)六月、平清盛は多くの人の反対を押し切り、天皇・法皇・上皇を連れて、都を摂津の福原(今の神戸市あたり)へ急に移しました。四百年近く続いた平安京は荒れていき、新しい都はなかなか完成しません。人々は嘆き、遷都をからかう落書まで出回ります。
第7話勝った男は、敵の首を見て泣いた ―倶利伽羅峠の戦い/斎藤実盛―
漫画のあらすじ倶利伽羅峠で、木曽義仲は平家の大軍を夜の谷へ追い落とす。続く篠原の戦いで、名乗らないまま一騎で戦い抜いた老武者の首を洗うと、黒く染めた髪の下から白髪が現れた。
原典では倶利伽羅峠の戦いは、寿永2年(1183年)5月、越中(今の富山県)と加賀(今の石川県)の境にある砺波山で起きた、源氏の木曽義仲と平家の大軍との戦いです。『平家物語』では巻第七の「倶梨迦羅落(くりからおとし)」という章で語られ、続く「篠原合戦」「実盛」の章で、平家が加賀の篠原でも敗れていくようすが描かれます。
第8話燃える都から、武将は引き返した ―忠度都落ち―
漫画のあらすじ燃える都をあとに西へ落ちる途中、歌人の武将・忠度はわずかな供を連れて引き返し、門を閉ざした歌の師・俊成の屋敷で、自作の歌百首あまりを託す。数年後、俊成は約束どおり一首を国いちばんの歌集に入れたが、作者の名は「よみびとしらず」と伏せるしかなかった。その名が帰ってくるのは、長い時を経たあとのこと。
原典では寿永二年(1183)七月、木曽義仲の軍が京の都に迫ります。二十四日の夜、後白河法皇はわずかな供だけを連れて、こっそり御所を抜け出しました。翌朝それを知った平家の人々は大あわてになります。
第9話最強の女武者は、「去れ」と命じられた ―木曽最期―
漫画のあらすじ都を追われた木曽義仲は、わずかな手勢で湖のほとりへ落ちていく。最強の女武者・巴には「去れ」と命じ、幼なじみの今井兼平とは同じ場所で死のうとする。主君と二人の部下がそれぞれの道を選ぶ、雪どけの湖畔の物語。
原典では寿永三年(1184年)の正月、都では木曽義仲の乱暴なふるまいが問題になっていました。鎌倉の源頼朝はこれをおさえるため、弟の範頼を勢田(瀬田)方面へ、義経を宇治方面へ向かわせ、義仲を討たせようとします。
第10話「鹿しか来ない」崖から、騎馬隊が来た ―一ノ谷の戦い(鵯越の坂落とし)/忠度最期―
漫画のあらすじ「後ろは崖だから鹿くらいしか来ない」と平家が笑っていた一ノ谷の要塞へ、義経は老馬に道を探させ、断崖を駆け下りて背後から攻め込む。都を捨てた夜に師へ歌を託していた忠度は、混乱の中で討たれるが、矢入れに結んだ一首によって、名もない敵の首から一人の歌人に戻る。
原典では一ノ谷の戦いは、寿永3年(1184年)2月に今の神戸市あたりで起きた、源氏と平家の戦いです。都を追われた平家は、讃岐の屋島から福原の旧都へ戻り、東は生田の森、西は一ノ谷を守りの拠点にしていました。
第11話兜の下は、息子と同じ年の少年 ―敦盛最期―
漫画のあらすじ一ノ谷の戦いのあと、手柄を求める熊谷直実は、海へ逃げる若武者を扇で呼び戻して組み伏せる。兜の下にあったのは、息子と同じ年頃の少年の顔だった。腰に差した笛が、夜明け前に聞いたあの音とつながる。
原典では寿永三年(1184年)二月、一ノ谷の戦いに敗れた平家の公達(貴族の若者たち)は、沖にいる助け船に乗ろうと波打ち際へ逃げていきました。源氏方の熊谷次郎直実は、手柄になるような大将と組み合いたいと考え、海辺に馬を進めます。そこへ、鶴を刺繍した直垂(ひたたれ)に萌黄匂(もえぎにおい)の鎧、黄金づくりの太刀という華やかな姿の武者が現れ、馬を海に入れて沖の船へ泳がせていきました。熊谷は扇を上げて、敵に背中を見せるのは見苦しいから戻ってこいと呼び…
第12話外したら切腹の、一本の矢 ―那須与一(扇の的)/屋島の戦い―
漫画のあらすじ屋島の戦い。家来の佐藤嗣信が義経の身代わりに討たれた日の夕暮れ、平家の舟から紅の扇の挑戦が届き、名もない若者・那須与一が、外せば腹を切る覚悟で両軍の見守るなか一本の矢を放つ。称賛の直後に起きる残酷な反転、義経が命がけで拾った弓のわけ、そして射た若者が一人で迎える夜までを描く。
原典では「扇の的」は、『平家物語』巻十一に出てくる屋島の戦いの一場面です。元暦二年(1185年)二月、讃岐国の屋島(今の香川県)で、源氏は陸に、平家は船に分かれてにらみ合っていました。この記事では、広く読まれている覚一本系の本文をもとに紹介します。
第13話8歳の天皇は、祖母に抱かれて海へ ―壇ノ浦の戦い/知盛最期―
漫画のあらすじ琵琶の語りで始まる、平家最後の一日。一門でいちばん先に負けを悟った知盛は、裏切り、幼い帝と母の入水、教経の最後の戦いを見届け、「見るべきものは、すべて見た」と言って兄弟同然の家来・家長と手を取り合い、海へ跳ぶ。
原典では屋島の戦いに敗れた平家は、長門国(今の山口県)の彦島を拠点にしていました。源氏の側には、紅白の鶏を闘わせて神のお告げを確かめた熊野の湛増や、伊予の河野通信が船団を率いて加わります。元暦二年(1185年)三月二十四日の朝、源氏およそ三千艘と平家千余艘が、門司と赤間の関(今の関門海峡)の海でぶつかりました。
第14話一族を滅ぼした男が、会いに来た ―大原御幸(建礼門院)―
漫画のあらすじシリーズ第14話(最終話)。壇ノ浦でただ一人生き残った建礼門院は、大原の庵で祈りの日々を送っていた。初夏、一族を滅ぼす戦を命じた後白河法皇がひそかに訪ねてくる。彼女はその恨みを本人に向かって口にしたうえで、自分の生涯を「六つの世」になぞらえて語りはじめる。
原典では壇ノ浦の戦いで、平家一門の多くは海に沈みました。平清盛の娘で、安徳天皇の母である建礼門院も海に身を投げましたが、引き上げられて生き残り、都へ連れ戻されます。東山のふもと、吉田のあたりにある荒れた僧坊に入った女院は、文治元年(1185)五月、長楽寺の上人・印西のもとで出家しました。お布施として差し出したのは、亡くなったわが子・安徳天皇の形見の着物(直衣)です。上人は言葉も出ないほど泣いたと語られています。