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第12話外したら切腹の、一本の矢那須与一(扇の的)/屋島の戦い

屋島の戦い。家来の佐藤嗣信が義経の身代わりに討たれた日の夕暮れ、平家の舟から紅の扇の挑戦が届き、名もない若者・那須与一が、外せば腹を切る覚悟で両軍の見守るなか一本の矢を放つ。称賛の直後に起きる残酷な反転、義経が命がけで拾った弓のわけ、そして射た若者が一人で迎える夜までを描く。

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この話のもとになった神話

那須与一「扇の的」あらすじ|屋島の戦いと平家物語

屋島の戦いと佐藤嗣信の最期(原典のあらすじ①)

「扇の的」は、『平家物語』巻十一に出てくる屋島の戦いの一場面です。元暦二年(1185年)二月、讃岐国の屋島(今の香川県)で、源氏は陸に、平家は船に分かれてにらみ合っていました。この記事では、広く読まれている覚一本系の本文をもとに紹介します。

平家の猛将・能登守教経は、強い弓で源氏の大将・源義経だけを狙います。義経の家来たちは馬を並べて盾になり、先頭の佐藤嗣信が肩から脇へ射抜かれて倒れました。嗣信は息を引き取る前に、「主君の出世を見られないのは心残りだが、身代わりになって討たれたと後の世まで語られるのは誉れだ」という意味のことを言い残します。義経は涙を流し、大切にしていた愛馬・大夫黒を僧に与えて、嗣信の供養を頼みました。

夕暮れの扇の的(原典のあらすじ②)

日が暮れかけたころ、平家の小舟が近づいてきます。舟には十八、九歳ほどの美しい女房が乗っていて、一面紅色の地に日の丸を描いた扇を竿の先に立て、陸の源氏を手招きしました。老練な武士・後藤実基は「射てみよという挑戦だろう。ただし大将をおびき出す罠かもしれない」と読み、腕利きの若者・那須与一を射手に推します。

与一は「外したら味方の恥になる」といったん断りますが、義経に「命令に背くなら鎌倉へ帰れ」と厳しく叱られ、引き受けます。北風で波が高く、扇は揺れて定まりません。扇までは七段(一段は約11メートル)ほども離れていました。与一は目を閉じて八幡大菩薩や故郷・下野の神々に祈り、「射損じたら弓を折って自害する」と誓います。目を開けると風が少し弱まっていました。放った鏑矢は扇の要の近くを射切り、扇は空に舞い上がってから海へ散ります。沖の平家は船べりを、陸の源氏は箙(矢を入れる道具)を叩いて、敵も味方もどよめきました。

喝采のあとの反転と「弓流」(原典のあらすじ③)

話はここで終わりません。感動したのか、五十歳ほどの平家の武者が、扇のあった場所で舞いはじめます。すると与一は「ご命令だ、射よ」と伝えられ、その武者を射倒してしまいます。平家方は静まり返り、源氏方からは「よく射た」という声と「情けない」という声の両方が上がりました。

怒った平家は陸に攻め上がり、乱戦になります。平家の悪七兵衛景清は、源氏の美尾屋十郎の兜の錣(首を守る部分)を素手で引きちぎりました。混乱のなかで義経は熊手を引っかけられて弓を海に落とし、危険をかえりみず拾い戻します。家来にいさめられると、義経は「弱い弓を敵に拾われて笑われるのが悔しかった」と語りました。この場面は「弓流」と呼ばれます。

この話が伝えていること(時代の背景)

この時代の武士にとって、命と同じくらい大切だったのが「名誉」でした。嗣信が身代わりになったことを誇りにして死ぬことも、与一が外したら切腹すると誓うことも、義経が命がけで弓を拾うことも、すべて「恥をかかない」「名を残す」という考え方でつながっています。

一方で原典は、扇を射た見事な技をたたえたすぐあとに、舞った武者が射られる場面を置き、「情けない」という声も書き残しています。勝ち負けだけでなく、戦の残酷さや人の心の揺れも伝えているところが、『平家物語』が長く読み継がれてきた理由の一つだと考えられます。

漫画版で変えたところ

原典は人物の行動とせりふを中心に書いていて、心の中はほとんど語りません。とくに、老武者を射るときに与一が何を思ったかは書かれていません。漫画では、与一・女房・舞う武者・嗣信の心の声や表情を描き足しています。また、扇を掲げた女房の思い、舞った武者の素性、「情けない」と言った人物なども漫画の創作です。

扇の日の丸は金色だったとよく説明されますが、原典は日の丸を描いたとだけ書いていて、色は書かれていません。扇の大きさや竿の長さ、夕日や波の音の表現も漫画の演出です。嗣信の最期は冒頭の数ページにまとめ、言葉での罵り合いや教経の童・菊王丸の場面は短くしていますが、嗣信の遺言の内容は原典どおりです。射終えた与一が一人で迎える夜も、漫画オリジナルの場面です。

漫画で読むには

Manga Portalの『平家物語 ―源平合戦、驕れる者の最期―』は、全話無料で、会員登録なしで読めます。第12話では、嗣信が倒れた日の夕暮れから、一本の矢に命をかけた若者の緊張、喝采が一瞬で凍りつく瞬間までを描いています。教科書で「扇の的」を読んだ人も、絵で見ると印象が変わるかもしれません。あらすじを知ったうえで、ぜひ漫画でも味わってみてください。

この話の登場人物

那須与一宗高(なすのよいち むねたか)
下野国出身の二十歳ほどの小柄な弓の名手で、外せば自害する覚悟で扇の的を射抜く。
源義経(みなもとのよしつね)
源氏の大将で、家来の死に涙する一方、与一には命令に従うよう厳しく迫り、落とした弓を命がけで拾う。
佐藤嗣信(さとう つぐのぶ)
義経の家来で、主君の身代わりとなって教経の矢に倒れ、それを誉れとして死んでいく。
平教経(たいらのりつね)
能登守。強弓で知られる平家の猛将で、義経を狙って矢を放ち嗣信を射倒す。
後藤実基(ごとう さねもと)
経験豊かな源氏方の武士で、扇の意味を読み解き、射手に与一を推薦する。
扇の女房(おうぎのにょうぼう)
平家の小舟で紅の扇を掲げて源氏を招く十八、九歳の女性で、原典では名前もせりふもない。

よくある質問

那須与一の「扇の的」とはどんな話?

屋島の戦いで、平家が小舟に立てた扇を、源氏の那須与一が一本の矢で射落とした話です。波で揺れる舟の上の扇を見事に射抜き、敵も味方も感動したと『平家物語』巻十一に書かれています。

扇の的のあと、何が起きた?

扇のあった場所で舞いはじめた五十歳ほどの平家の武者を、与一が命令を受けて射倒しました。そのため「よく射た」と「情けない」の両方の声が上がり、怒った平家が攻めかかって再び激しい戦いになります。

屋島の戦いはいつ、どこで起きた?

元暦二年(1185年)二月、讃岐国の屋島(今の香川県)で起きました。義経が率いる源氏が、海に逃れた平家を攻めた戦いです。

那須与一が外したら切腹すると誓ったのは本当?

原典では、与一は神々に祈りながら「射損じたら弓を切り折って自害し、二度と人に顔を合わせない」と誓っています。それだけ失敗が許されない、名誉をかけた一射だったことがわかります。

義経の「弓流」とはどんな場面?

屋島の乱戦で、義経が落とした弓を危険をおかして拾い戻した場面です。義経は、弱い弓を敵に取られて笑われるのが悔しかったと語っています。

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