第6話数万の大軍が、鳥の羽音に負けた富士川の戦い/清盛の死
都を福原へ移した清盛は、挙兵した頼朝を討つため孫の維盛に大軍を預ける。しかし老将・実盛の話におびえた平家軍は、水鳥の羽音に驚いて戦わずに逃げ出す。奈良の大仏殿を焼いた翌年、身内には甘い顔も見せた清盛は燃えるような熱に焼かれ、「頼朝の首を墓の前にかけよ」と言い残して息絶える。



















最後まで読んでくれてありがとう!
敵将が泣いた。命の恩人は、白髪を黒く染めて死にに来ていた
都を福原へ移した清盛は、挙兵した頼朝を討つため孫の維盛に大軍を預ける。しかし老将・実盛の話におびえた平家軍は、水鳥の羽音に驚いて戦わずに逃げ出す。奈良の大仏殿を焼いた翌年、身内には甘い顔も見せた清盛は燃えるような熱に焼かれ、「頼朝の首を墓の前にかけよ」と言い残して息絶える。



















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敵将が泣いた。命の恩人は、白髪を黒く染めて死にに来ていた
この話のもとになった神話
治承四年(1180年)六月、平清盛は多くの人の反対を押し切り、天皇・法皇・上皇を連れて、都を摂津の福原(今の神戸市あたり)へ急に移しました。四百年近く続いた平安京は荒れていき、新しい都はなかなか完成しません。人々は嘆き、遷都をからかう落書まで出回ります。
九月、伊豆に流されていた源頼朝が兵を挙げたという知らせが早馬で届きます。平治の乱で命を助けてやったのに恩を忘れたのか、と清盛は激怒し、孫の維盛を大将軍、弟の忠度を副将軍として東国へ大軍を送りました。
駿河に着いた維盛は、東国の事情にくわしい斎藤別当実盛に、坂東(関東)の武者の強さをたずねます。実盛は「自分くらいの弓の使い手は東国にいくらでもいる。坂東武者は親や子が討たれても、その屍を乗り越えて戦う」と答え、のんびりした西国の戦い方と比べてみせました。これを聞いた平家の兵たちは震えあがります。
十月二十三日の夜、富士の沼にいた水鳥の群れが、何かに驚いて一斉に飛び立ちました。その羽音を源氏の夜襲だと思いこんだ平家軍は大混乱に陥り、弓と矢を取り違え、他人の馬に乗り、我先にと逃げ出します。翌朝、源氏が押し寄せたとき、平家の陣はもぬけの殻でした。頼朝は「八幡大菩薩のおはからいだ」と言って追いかけず、東国へ引き返します。
逃げ帰った維盛に清盛は「島流しにせよ」と怒りますが、結局罰せられず、かえって位が上がって世間に笑われました。十二月には都が京へ戻され、同じ月、清盛の子・重衡の軍が奈良を攻め、東大寺の大仏殿や興福寺が焼け落ちます。
年が明けた治承五年(1181年)二月、清盛は高い熱に倒れます。体は火のように熱く、冷やそうとためた水はすぐに湯になり、かけた水は炎となって燃え上がったと語られます。妻の二位殿(時子)は、燃える車が地獄の閻魔の庁から迎えに来る夢を見ます。車の前には「無」の一字だけを書いた札があり、大仏を焼いた罪で「無間地獄」に落ちることが決まった、というのです。
清盛は「頼朝の首をわが墓の前にかけよ」と言い残し、閏二月四日、苦しみながら亡くなりました。六十四歳でした。
『平家物語』は、冒頭で「おごり高ぶる者は長く続かない」という考えを示す物語です。第6話の範囲は、その流れがはっきり見えはじめるところにあたります。数万の大軍が鳥の羽音だけで崩れる場面は、平家の力が見かけほど強くなくなっていたことを、少しこっけいに描いています。
清盛の最期では、大仏を焼いた罪の報いとして地獄の迎えが語られます。これは、仏教の「悪い行いには必ず報いがある」という考え方が強かった時代の語り方です。なお、富士川の戦いの日付や軍の規模は記録によって違いがあり、実際には平家軍で兵が集まらず逃げる者も多かったのではないか、という説もあります。物語は史実そのものではなく、出来事を語り伝えるなかで形づくられた作品だと考えるとよいでしょう。
原典では、富士川の敗戦から清盛の死までの約四か月の間に、維盛の帰京、都帰り、奈良炎上などの章がはさまります。漫画ではこれを1話にまとめ、話の流れを追いやすくしています。
原典の富士川の章には、実盛の年齢や見た目は書かれていません。漫画の「老将」という姿は、のちの巻で白髪を染めて戦う老武者として描かれることをふまえた造形です。また、兵たちのおびえた表情や陣中の会話、水鳥の種類、閻魔の使い(牛や馬の顔をした者)の姿、病床の様子なども、原典にくわしい描写がないため絵として補った部分です。原典は、水鳥が何に驚いたのかもはっきり書いていません。
一方、羽音で逃げ出すこと、清盛の熱病、二位殿の夢、頼朝の首を墓前にかけよという遺言は、原典にある出来事です。なお、原典では敗戦の怒りが清盛の病気の原因だとは書かれていません。
文章で読むと少しむずかしい平家物語も、漫画なら羽音におびえる兵たちのあわてぶりや、炎のような熱に苦しむ清盛の姿が一目で伝わります。「平家物語 ―源平合戦、驕れる者の最期―」は全話無料・会員登録なしで読めます。あらすじを知ったうえで、第6話から、あるいは第1話からゆっくり読んでみてください。
平家物語では、夜中に水鳥が一斉に飛び立った羽音を源氏の夜襲と思いこみ、戦わずに逃げ出したと語られます。その前に実盛から坂東武者の強さを聞かされ、兵たちがすっかりおびえていたことも描かれています。
これは平家物語での語られ方で、ほかの記録とは日付や様子に違いがあります。実際には兵が集まらず、逃亡者も多かったため戦えなかったという説もあります。
治承五年(1181年)、高い熱を出す病気で亡くなりました。平家物語では、体にかけた水が湯になるほどの熱だったと描かれ、享年は六十四歳です。
平家物語では、自分の墓の前に頼朝の首をかけよと言い残したとされます。死の間際まで頼朝への強い恨みを抱いていたことが表れています。
閻魔の庁からの迎えの車の前に立っていた札で、大仏を焼いた罪で「無間地獄」に落ちることを示すものです。「無」の字は書いたが「間」の字はまだ書いていない、と語られます。