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第5話妖怪を射た老人、70代で反乱へ宇治川の戦い(橋合戦)

シリーズ第5話。息子への侮辱に怒った源氏の老将ヨリマサは、皇子モチヒトオウと平家打倒に立つが、宇治で若武者の馬筏に川を押し渡られる。かつて黒雲の中の怪物ヌエを一矢で射落とした老将は、霧の中の見えない的に最後の一矢を放って皇子を逃がし、平等院で辞世を詠む――あの夜に残った二本目の矢は、命令書とともに東国の若い源氏の手に届いていた。

19ページ全話無料・会員登録なし

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次回予告 · 制作中第6話 入道死去 ―水鳥と炎―

数万の大軍が鳥に負けた夜。そして独裁者は熱に焼かれる

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この話のもとになった神話

平家物語「橋合戦」あらすじ|源頼政と以仁王、宇治川の戦い

平家物語 巻四のあらすじ① 頼政が挙兵するまで

治承4年(1180年)、平家が朝廷の実権を握っていたころの話です。源氏の老将・源三位入道頼政は、夜にこっそり後白河院の皇子・以仁王を訪ね、平家を討つよう勧めました。頼政は各地にいる源氏の名前を一人ずつ挙げ、味方は大勢いると説きます。王は心を決め、平家を討てという命令書「令旨(りょうじ)」を出しました。令旨は新宮十郎行家が山伏の姿で東国へ運び、伊豆に流されていた源頼朝のもとにも届けられます。

ところが計画は熊野から平家に漏れてしまい、王は女性の姿に変装して三井寺へ逃げ込みます。頼政が反乱に踏み切った理由として、物語はある事件を語っています。平宗盛が、頼政の嫡男・仲綱から名馬「木の下」を取り上げ、その馬に「仲綱」という焼印を押して笑いものにしたのです。これに対して頼政の家来・渡辺競は、宗盛に仕えるふりをして名馬をもらい、その馬に乗って三井寺へ駆けつけるという見事な仕返しをしました。

あらすじ② 宇治川の戦い(橋合戦)と頼政の最期

延暦寺が味方にならなかったため、王と頼政は奈良の興福寺を目指します。王は眠れない日が続いていたので道中で何度も馬から落ち、一行は宇治の平等院で休むことになりました。守りを固めるため、宇治橋の橋板は外してあります。霧の中から攻め寄せた平家の大軍は、先頭の兵が橋の切れ目から川へ押し落とされました。橋の上では三井寺の僧兵が奮戦し、飛んでくる矢を長刀で切り落とす者まで現れます。

平家の侍大将は、水が引くのを待つか回り道をしようと慎重な案を出しました。それに反対したのが、下野の17歳の若武者・足利又太郎忠綱です。坂東で利根川を渡った経験を例に挙げ、馬を並べて組む「馬筏(うまいかだ)」で渡り方を細かく指図しながら宇治川を押し渡りました。平家の大軍もこれに続きます。

頼政は王を先に逃がして戦いましたが、左の膝を射られてしまいます。次男の兼綱は討ち死にし、仲綱も自害しました。頼政は西を向いて念仏を唱え、「土に埋もれた木のように花を咲かせることのなかった身の、最期はなんと悲しいことか」という意味の辞世の歌を詠んで自害します。王も奈良へ急ぐ途中、光明山の鳥居の前で追いつかれ、矢を受けて討たれました。

巻四の最後の「鵼(ぬえ)」の段では、頼政の若いころの手柄が振り返られます。近衛院の時代、毎晩のように黒雲とともに現れて天皇をおびえさせた怪物を、頼政が矢で射落としたのです。その怪物は、頭が猿、胴が狸、尾が蛇、手足が虎で、鳴き声は鵼という鳥に似ていたといいます。語り手は、それほどの人物がつまらない謀反で一族を滅ぼしたのは残念だ、と冷ややかにしめくくっています。

この話が伝えていること(時代の背景)

宇治川の戦いは、のちに「源平合戦(治承・寿永の乱)」と呼ばれる長い戦乱の始まりにあたります。頼政たちの挙兵そのものはすぐに失敗しました。それでも以仁王の令旨は東国の源氏に届いていて、物語ではこのあと頼朝や木曾義仲が立ち上がります。小さな反乱が、平家の運命を変える大きな火種になったのです。

この巻には『平家物語』らしい場面がたくさんあります。名乗りを上げて先陣を切る若武者、橋の上で戦う僧兵、死ぬ間際まで歌を忘れない老将などです。なお『平家物語』には内容の少しずつ違う本(諸本)がたくさんあり、細かな筋や人物の描き方は本によって変わります。この記事は、琵琶法師が語り伝えた「覚一本」系の本文をもとにしています。

漫画版で変えたところ

漫画は原典の流れにそっていますが、読みやすくするための工夫があります。いちばん大きく変えたのは鵼退治の置き場所です。原典では頼政の死のあとに付け足される段ですが、漫画では最期の前の回想として描きました。「黒雲の中の怪物を射た若き日の頼政」と「霧の中の見えない敵に立ち向かう老いた頼政」を重ねるためです。霧の中で最後の一矢を放って皇子を逃がす場面や、自害する直前の心の内も、漫画の創作です。

ラストの、令旨が頼朝に届くコマも脚色です。原典では、令旨は宇治の戦いより前に届いていて、そのときの頼朝の様子はほとんど書かれていません。「あの夜に残った二本目の矢」が東国へ渡るという描き方も、漫画ならではの演出です。ほかにも、密談の場面の灯り、怪物の大きさや毛の色、戦いの細かな動きなど、原典に書かれていない部分を漫画で描き足しています。

漫画で読むには

宇治橋での攻防や、馬筏で川を渡る場面、老将の最後の一矢は、絵で見るとぐっとわかりやすくなります。Manga Portal の「平家物語 ―源平合戦、驕れる者の最期―」は全話無料で、会員登録なしで読めます。第5話を読みながら原典との違いを探してみるのも、古典を楽しむ方法のひとつです。前後の話もあわせて読むと、源平合戦の大きな流れがつかめます。

この話の登場人物

源頼政(みなもとのよりまさ)
70歳を過ぎた源氏の老将で、弓と和歌の名手。以仁王に平家打倒を勧め、宇治の平等院で辞世を詠んで自害する。
以仁王(もちひとおう)
後白河院の皇子で、笛の名手。平家を討てという令旨を出すが、奈良へ逃げる途中で討たれる。
源仲綱(みなもとのなかつな)
頼政の嫡男。宗盛に名馬を取り上げられて辱められたことが、反乱のきっかけとして語られる。
渡辺競(わたなべのきおう)
頼政の家来。宗盛から名馬をだまし取って三井寺へ駆けつけた、機転のきく武士。
足利又太郎忠綱(あしかがのまたたろうただつな)
平家方の17歳の坂東武者。馬筏を組んで、宇治川を真っ先に渡った。
平宗盛(たいらのむねもり)
清盛の三男で、平家の当主。仲綱の名馬に焼印を押してからかい、頼政の怒りを買う。

よくある質問

宇治川の戦い(橋合戦)とはどんな戦い?

1180年、以仁王と源頼政が平家に対して兵を挙げ、宇治で平家の大軍と戦った合戦です。頼政たちは宇治橋の橋板を外して守りましたが、足利忠綱たちが馬筏で川を渡ってきたため敗れました。源平合戦の始まりとされる戦いです。

源頼政はなぜ平家に反乱を起こしたの?

『平家物語』では、平宗盛が頼政の息子・仲綱から名馬を取り上げ、馬に「仲綱」と焼印を押してからかったことが理由として語られます。ただしこれは物語での説明で、本当の理由についてはいろいろな説があります。

鵼(ぬえ)とはどんな妖怪?

『平家物語』では、頭が猿、胴が狸、尾が蛇、手足が虎で、鳴き声が鵼という鳥に似た怪物として描かれます。黒雲とともに現れて近衛院をおびえさせ、源頼政が矢で射落としました。

以仁王の令旨とは?

以仁王が出した「平家を討て」という命令書です。新宮十郎行家が東国へ運び、伊豆にいた源頼朝などに届けられました。王自身は宇治の戦いのあとに討たれましたが、令旨はその後の源氏の挙兵につながっていきます。

源頼政の辞世の歌はどんな意味?

土に埋もれた木が花を咲かせないように、自分の人生も花開くことはなかった。その最期がこうなるのは悲しい、という意味です。弓だけでなく和歌でも知られた頼政らしい、死の間際の一首とされています。

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