第14話一族を滅ぼした男が、会いに来た大原御幸(建礼門院)
シリーズ第14話(最終話)。壇ノ浦でただ一人生き残った建礼門院は、大原の庵で祈りの日々を送っていた。初夏、一族を滅ぼす戦を命じた後白河法皇がひそかに訪ねてくる。彼女はその恨みを本人に向かって口にしたうえで、自分の生涯を「六つの世」になぞらえて語りはじめる。



















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シリーズ第14話(最終話)。壇ノ浦でただ一人生き残った建礼門院は、大原の庵で祈りの日々を送っていた。初夏、一族を滅ぼす戦を命じた後白河法皇がひそかに訪ねてくる。彼女はその恨みを本人に向かって口にしたうえで、自分の生涯を「六つの世」になぞらえて語りはじめる。



















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この話のもとになった神話
壇ノ浦の戦いで、平家一門の多くは海に沈みました。平清盛の娘で、安徳天皇の母である建礼門院も海に身を投げましたが、引き上げられて生き残り、都へ連れ戻されます。東山のふもと、吉田のあたりにある荒れた僧坊に入った女院は、文治元年(1185)五月、長楽寺の上人・印西のもとで出家しました。お布施として差し出したのは、亡くなったわが子・安徳天皇の形見の着物(直衣)です。上人は言葉も出ないほど泣いたと語られています。
その年の夏、大地震で坊は崩れかけ、女院の妹たちがひそかに暮らしを支えました。秋の終わりになると、女院は人に勧められ、京都の北の山里・大原にある寂光院へ移ります。小さな庵には阿弥陀仏などの三尊とわが子の肖像を置き、大納言佐や阿波内侍に仕えられながら、祈りの日々を送りました。
翌年の旧暦四月下旬、後白河法皇がわずかな供を連れて、お忍びで大原を訪れます。法皇は、女院の夫である高倉天皇の父にあたる人です。池のほとりに遅咲きの桜や藤が残る中、荒れた庵から出てきたのは年老いた尼でした。尼は、女院は山へ花を摘みに行っていると答えます。やがて、墨染の衣を着た二人の尼が岩の多い山道を下りてきました。花籠を持っているのが女院、薪と蕨を持っているのが大納言佐でした。
落ちぶれた姿を見られた女院は、消えてしまいたいほど恥ずかしく思いながらも、法皇と向き合います。そして自分の生涯を、仏教でいう「六道」(天上・人間・餓鬼・修羅・地獄・畜生の六つの世界)になぞらえて語りました。国母となった栄華が天上、都を追われた別れの苦しみが人間、海の上で食べ物も飲み水もない日々が餓鬼、戦の声が絶えない毎日が修羅です。母の二位尼が幼い安徳天皇を抱いて海に沈んだ壇ノ浦が地獄で、一門が竜宮にいる夢を見たことが畜生の道とされました。法皇は、生きながら六道を見た人はめったにいないと言って涙を流し、寂光院の鐘が鳴る夕暮れに帰っていきます。
その後も女院は、わが子と一門のために念仏を続けました。建久二年(1191)二月の中ごろ、仏像の手にかけた五色の糸を握り、極楽へ迎えてほしいと願いながら亡くなります。西の空に紫の雲がたなびき、部屋によい香りが満ち、空から音楽が聞こえたと物語は伝えています。
ただし、この没年は覚一本という本の書き方です。史実では建保元年(1213)に亡くなったとする説など、別の説のほうが有力です。また、法皇が本当に大原を訪ねたのかどうかも歴史学では疑問視されていて、物語の創作だとする見方もあります。
覚一本の平家物語では、灌頂巻が特別な巻として最後に置かれています。冒頭で語られる「勢いのある者も必ず衰える」という考えを、栄華の頂点から一族の滅亡までを見た一人の女性の人生で締めくくる構成です。
一方で、物語は悲しみだけでは終わりません。女院が念仏を続けて極楽に迎えられる最期には、阿弥陀仏を信じれば救われるという、当時広まっていた浄土信仰が表れています。戦で亡くなった多くの人の魂をしずめる意味もこめられていると考えられます。
漫画では、女院が六道を語る場面に、第1〜13話の名場面を回想のコマとして重ねています。これは原典にはない、シリーズの最終話ならではの演出です。また、最終ページで「祇園精舎の鐘の声」を響かせ、第1話とつないでいます。灌頂巻にこの句は出てきませんが、原典にある寂光院の鐘の音から自然につながるように描いています。
このほか、寂光院の建物や庵の中の様子、季節の移り変わり、女院や女房たちの表情や心の中、法皇の供の人物のしぐさ、臨終の場面の光や雲の見せ方などは、原典の簡潔な描写をもとに漫画で描き足した部分です。せりふの趣旨は原典から変えていません。
この第14話は、シリーズ「平家物語 ―源平合戦、驕れる者の最期―」の最終話です。清盛の栄華から壇ノ浦までを見届けてから読むと、女院が語る六つの世界の重みがいっそう伝わります。全話無料・会員登録なしで読めるので、気になった方は第1話からゆっくり読んでみてください。
平家物語の最後の巻「灌頂巻」にある話で、後白河法皇が大原の寂光院にいる建礼門院をひそかに訪ねる場面です。女院は自分の生涯を仏教の六道になぞらえて語り、法皇は涙を流して帰っていきます。
海から引き上げられて都に戻され、出家して大原の寂光院に移りました。わが子の安徳天皇と平家一門のために念仏を続け、物語では極楽に迎えられて亡くなったと語られています。
仏教で、人が生まれ変わりをくり返す六つの世界(天上・人間・餓鬼・修羅・地獄・畜生)のことです。女院は栄華から都落ち、飢え、戦、壇ノ浦での入水、竜宮の夢までを、この六つにあてはめて語りました。
実際にあったかどうかは、歴史学では疑問視されていて、物語の創作だとする見方もあります。また、物語にある女院の没年(1191年)も、史実では1213年とする説など、別の説のほうが有力です。
京都市の北にある大原の里にあるお寺です。平家物語では、建礼門院が晩年を過ごした場所として描かれています。