第3話ダジャレの密談は、筒抜けだった鹿ヶ谷の陰謀
シシガタニの山荘で酒の器「瓶子(へいじ)」を倒し、平家を倒す相談で笑い合った夜——いちばん笑っていた山荘の主シュンカンは、仲間の密告から始まるキヨモリの報復で、すべてを失っていく。鎧を着た父の暴走を止めたのは、平服で現れた息子シゲモリの涙だった。第3話。
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最後まで読んでくれてありがとう!
恩赦リストに自分の名前だけがない。日本で一番有名な「置き去り」
シシガタニの山荘で酒の器「瓶子(へいじ)」を倒し、平家を倒す相談で笑い合った夜——いちばん笑っていた山荘の主シュンカンは、仲間の密告から始まるキヨモリの報復で、すべてを失っていく。鎧を着た父の暴走を止めたのは、平服で現れた息子シゲモリの涙だった。第3話。
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この話のもとになった神話
「鹿ヶ谷の陰謀(ししがたにのいんぼう)」は、平安時代の終わり、治承元年(1177年)に起きた事件です。後白河法皇の近くに仕える人々が平家を倒そうと相談しましたが、仲間の密告で発覚しました。
『平家物語』では巻一「鹿谷」から巻二にかけて語られます。栄華をきわめた平家に、はじめて大きな反発が向けられた場面です。この解説と漫画第3話は、琵琶法師が語り伝えた本の代表である覚一本を基準にしています。延慶本や『源平盛衰記』など、読み物として書かれた系統の本とは細かな点が違います。
新大納言・藤原成親は左大将の地位を強く望み、神社にまで祈りました。しかし左大将には清盛の嫡男・重盛、右大将には宗盛が決まります。平家を恨んだ成親は、京都東山の鹿の谷にある俊寛の山荘に、西光法師・平康頼・多田行綱らと集まり、平家を倒す相談を重ねました。山荘は、背後が三井寺へ続く守りやすい場所でした。
ある夜、後白河法皇も来ていた酒宴で、立ち上がった成親の袖が酒の器「瓶子(へいじ)」に当たって倒れます。成親は「平氏(へいじ)が倒れた」とかけて答え、法皇は笑って芸を演じるよう命じました。康頼と俊寛がしゃれに乗り、最後に西光が瓶子の首を折ってみせます。同席した静憲法印だけは、こんな話が外に漏れたら大変だとあきれていました。
成親から一方の大将を頼まれた多田行綱は、この計画は成功しないと考え、自分の身を守るために寝返ります。五月二十九日の夜ふけ、行綱は西八条の清盛の屋敷を訪ね、謀議を知らせました。
怒った清盛は成親を呼び出して閉じこめ、俊寛や康頼らも捕らえます。西光は清盛の前でもひるまず、成り上がり者だとあざけったため、顔を踏みつけられ、拷問で白状させられたうえで斬られました。成親も殺されかけますが、平服で現れた重盛が父を諫め、命だけは助かります。
清盛はさらに法皇を押しこめようと、鎧を着こみます。ところが武装せずに来た重盛の前では気がひけ、衣の胸元を何度もかき合わせて鎧を隠そうとしました。重盛は涙を流し、主君への忠義を守れば父に背き、父に従えば主君に背くことになる苦しさを訴えます。院を攻めるなら、まず自分の首をはねてほしいとまで迫り、清盛は引き下がりました。
その後、成親は備前へ流され、八月十九日、有木の別所で崖から突き落とされて亡くなります。成親の息子・成経と康頼、俊寛の三人は、はるか南の鬼界が島へ流されました。
当時は、位をゆずった天皇である法皇(院)が政治の中心にいる一方で、武士の平家が急速に力を伸ばしていた時代です。鹿ヶ谷の事件は、院のまわりの人々と平家の対立が表に出た最初の場面といえます。
物語は、酒の席のしゃれで盛り上がった計画のもろさ、保身のための裏切り、そして怒りにまかせて動く清盛と、筋道と情で父を止める重盛との対比を描いています。重盛は、平家の行き過ぎをおさえる良心のような役目をになっています。なお、実際の歴史でどこまで具体的な計画があったのかははっきりせず、清盛が院の勢力をおさえるために事件を大きくしたという見方もあります。
原典では、密告から成親の死まで約三か月かかっていますが、漫画では日数を縮めています。また、成親や西光が捕らえられる場面は原典では複数の章にまたがりますが、漫画では同じ夜の流れとしてまとめました。
山荘の造りや景色、宴の料理やこまかなやりとり、行綱が寝返りを決めるまでの迷いや夜道の場面は、漫画で付け加えたものです。島へ向かう船の上での俊寛の表情やせりふも創作で、原典は流されたことと島の様子を語るだけです。人物の顔立ちや衣装、西光への拷問の描き方も本作独自の表現です。
Manga Portal の『平家物語 ―源平合戦、驕れる者の最期―』は、全話無料・会員登録なしで読めます。第3話では、瓶子が倒れて笑い声があふれた夜と、そのあとに続く報復の静けさとの落差を、絵で味わえます。漫画では人物名をシュンカン、キヨモリ、シゲモリのようにカタカナで書いています。あらすじを知ったうえで読むと、宴の席の一人ひとりの表情が違って見えるはずです。
治承元年(1177年)、後白河法皇の近臣たちが、京都東山の鹿の谷にある俊寛の山荘で平家を倒す相談をし、密告で発覚した事件です。首謀者の成親は流されて殺され、西光は斬られ、俊寛らは鬼界が島へ流されました。
酒の器「瓶子(へいじ)」と「平氏(へいじ)」をかけたしゃれです。酒宴で瓶子が倒れたのを、平家が倒れることにたとえて盛り上がりました。
多田蔵人行綱です。成親から一方の大将を頼まれましたが、計画は成功しないと考え、自分の身を守るために清盛へ知らせました。
法皇を押しこめようと鎧を着た清盛の前に、重盛は武装せず平服で現れました。主君への忠義と父への孝行の板挟みを涙ながらに訴え、院を攻めるならまず自分の首をはねてほしいと迫ったので、清盛は引き下がりました。
成経・康頼とともに、薩摩潟の鬼界が島へ流されました。原典では、人が少なく作物もとれない、硫黄が燃えるきびしい島として語られています。