第2話かばった少女に、主役を奪われた祇王
都で最強の権力者・清盛に愛された舞い手の祇王は、押しかけてきた少女・仏をかばったせいで、一夜にして館を追い出される。屈辱と絶望の果てに尼となった祇王のもとへ、ある秋の夜、すべてを捨てた仏が訪ねてくる。
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ダジャレで盛り上がったクーデター計画、密告で全員アウト
都で最強の権力者・清盛に愛された舞い手の祇王は、押しかけてきた少女・仏をかばったせいで、一夜にして館を追い出される。屈辱と絶望の果てに尼となった祇王のもとへ、ある秋の夜、すべてを捨てた仏が訪ねてくる。
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この話のもとになった神話
『平家物語』の巻一に収められた「祇王(ぎおう)」は、平清盛の気まぐれに運命を振り回された女性たちの物語です。合戦の場面はありません。それでも、平家がいちばん栄えていた時代に、権力者の心ひとつで人の暮らしが一夜でひっくり返るようすを描いた、とても印象に残る章です。
ここでは、覚一本(かくいちぼん)系統の本文をもとに、原典の流れを紹介します。
すでに出家して「入道相国」とよばれていた清盛は、都で評判の白拍子・祇王をたいそう気に入っていました。母の刀自(とじ)には立派な家を与え、毎月、米百石と銭百貫を贈りました。妹の祇女とともに一家は豊かになり、ほかの白拍子たちが名前に「祇」の字をつけてあやかろうとしたほどです。
それから3年後、加賀国から来た16歳の白拍子・仏(ほとけ)が、呼ばれてもいないのに西八条の清盛の館を訪ねてきます。清盛は追い返そうとしましたが、祇王が「まだ若いのだから、会うだけでも」ととりなしたため、対面が許されました。ところが、仏が今様を歌って舞うと、清盛の心はすっかり仏へ移ってしまいます。仏は「祇王さまのおかげで会えたのに」と遠慮しますが、清盛は反対に祇王を館から追い出しました。
祇王は住み慣れた部屋の障子に、「芽吹く草も枯れる草も同じ野の草。どれもいつかは秋を迎えるのだ」という意味の歌を書き残して、泣きながら去っていきました。
翌年の春、清盛は「仏が退屈そうだから、来て歌い舞ってなぐさめよ」と祇王を呼びつけます。祇王は返事をしませんでした。しかし、命令に背けば一家が都を追われるかもしれないと母に泣いて頼まれ、しかたなく出かけます。通されたのは、以前とは比べものにならないほど下の座でした。仏は気の毒に思って清盛に頼みますが、聞き入れられません。祇王は「仏もかつては人間だった。だれもが仏になれる身なのに、分け隔てされるのが悲しい」という内容の今様を泣きながら歌い、居並ぶ平家の人々も涙を流しました。
絶望した祇王は身投げを考えます。けれども母から「親を死なせれば、五逆罪という重い罪になる」と諭され、思いとどまりました。こうして祇王は21歳で尼になり、嵯峨の奥にそまつな庵を結んで、念仏を唱える日々に入ります。祇女は19歳、母の刀自は45歳で出家しました。
ある秋の夜、庵の戸を叩く者がいました。そこに立っていたのは、尼の姿になった仏でした。障子の歌を見て、自分にもいつか同じ秋が来ると悟り、館をひそかに抜け出してきたのです。まだ17歳でした。祇王は涙ながらに仏を迎え入れます。4人はともに念仏を続け、やがてみな往生を遂げたと伝えられています。
白拍子とは、平安時代の終わりごろに流行した、歌いながら舞う女性の芸能者です。物語の中でも、白拍子は鳥羽院の時代に始まり、はじめは男装に近い姿で舞っていたと説明されています。また今様は、当時の流行歌のことです。
『平家物語』全体をつらぬくのは、「この世のものはすべて移り変わる」という無常の考え方です。天下を握る清盛の寵愛でさえ、長くは続きません。祇王の障子の歌も、若い仏の出家も、そのことを表しています。さらに、念仏を唱えれば身分に関係なく極楽に生まれ変われるという浄土の教えが、人々の心の支えになっていた時代でもありました。物語は最後に、4人の名が後白河法皇ゆかりの長講堂の過去帳にいっしょに記されたと結んでいます。
なお、京都・嵯峨の祇王寺を庵の跡とする話や、祇王が近江国野洲の出身で、清盛に頼んで用水路「祇王井川」をひらかせたという話は、原典にはない後世の伝承です。
漫画では、祇王が追い出される場面から、翌春の呼び出し、出家、仏の訪問、4人の往生までの原典の流れは変えていません。清盛の言動の筋も原典どおりです。
一方で、原典が短くしか書いていない部分は、漫画で描き足しています。たとえば、西八条の館の間取りや障子の場所、仏が押しかけを決意するまでの経緯と出家を決めるまでの心の揺れ、追い出された祇王の里での暮らし、嵯峨の庵のまわりの風景などです。祇女や刀自の性格づけ、4人の晩年と最期の場面も漫画の創作です。原典は「みな往生した」と伝え聞く形で書くだけなので、その点も知ったうえで読むと、違いが楽しめます。
Manga Portalの『平家物語 ―源平合戦、驕れる者の最期―』第2話では、この「祇王」の物語を描いています。原典では短い打ち明け話しかない仏御前の心の動きや、秋の夜に二人が再会する場面を、ぜひ絵でたどってみてください。全話無料で、会員登録なしで読めます。
巻一に「祇王」という章として収められています。平家が栄えていた時代の、清盛をめぐる女性たちのエピソードです。
押しかけてきた仏御前を祇王がとりなして会わせたところ、清盛の心が仏に移ったためです。仏は遠慮しましたが、清盛は祇王のほうを追い出してしまいました。
祇王が障子に書き残した歌を見て、今の寵愛もいつか自分から去っていくと悟ったからです。17歳で館をひそかに抜け出して尼になり、嵯峨の祇王たちの庵を訪ねました。
平安時代の終わりごろに流行した、歌いながら舞う女性の芸能者です。水干という装束で舞い、今様などの流行歌を歌いました。
祇王寺を庵の跡とするのは後世の伝承で、平家物語の本文には寺の名前は出てきません。原典に書かれているのは「嵯峨の奥の山里に庵を結んだ」ということだけです。