第9話最強の女武者は、「去れ」と命じられた木曽最期
都を追われた木曽義仲は、わずかな手勢で湖のほとりへ落ちていく。最強の女武者・巴には「去れ」と命じ、幼なじみの今井兼平とは同じ場所で死のうとする。主君と二人の部下がそれぞれの道を選ぶ、雪どけの湖畔の物語。





















最後まで読んでくれてありがとう!
背後は崖だから安全。そう信じていた平家の上から、騎馬隊が降ってきた
都を追われた木曽義仲は、わずかな手勢で湖のほとりへ落ちていく。最強の女武者・巴には「去れ」と命じ、幼なじみの今井兼平とは同じ場所で死のうとする。主君と二人の部下がそれぞれの道を選ぶ、雪どけの湖畔の物語。





















最後まで読んでくれてありがとう!
背後は崖だから安全。そう信じていた平家の上から、騎馬隊が降ってきた
この話のもとになった神話
寿永三年(1184年)の正月、都では木曽義仲の乱暴なふるまいが問題になっていました。鎌倉の源頼朝はこれをおさえるため、弟の範頼を勢田(瀬田)方面へ、義経を宇治方面へ向かわせ、義仲を討たせようとします。
出陣の前に、頼朝は大切にしていた名馬を二人の武士に与えました。梶原景季には真っ黒な「磨墨(するすみ)」を、佐々木高綱には人にも馬にもかみつく荒馬「生食(いけずき)」を与えます。生食がほしかった景季は、その馬が高綱のものになったと知って怒りました。しかし高綱が「もらえなかったから盗んできた」とうそをつくと、景季は笑って引き下がります。
雪どけ水で水かさが増えた宇治川で、二人はどちらが先に渡るかを争います。高綱は、前を行く景季に「腹帯がゆるんでいるぞ」と声をかけ、景季が締め直しているすきに追い抜きました。そして川底に張られた綱を太刀で切り、まっすぐ渡りきって、一番乗りを名乗ります。宇治と勢田の守りは破られ、義仲は六条河原の戦いにも負けて、わずか七騎で都から逃げていきました。
義仲がさがしていたのは、勢田を守っていた今井兼平でした。兼平は義仲の乳母の子で、二人は幼いころから「死ぬときは同じ場所で」と約束していた仲です。兼平のほうも主君を心配して引き返してきて、二人は大津の打出の浜でめぐり会います。集まった三百騎あまりで敵の大軍に突っこみますが、戦ううちに主従はたった五騎にまで減ってしまいました。
その五騎の中に、女武者の巴がいました。義仲は「お前は女なのだから、早くどこへでも逃げのびよ。最後の戦に女を連れていたと言われたくない」と命じます。巴はなかなか去ろうとしませんでしたが、何度も言われると、最後に敵の力自慢・御田八郎師重に組みついて首をねじ切ってみせました。そして鎧を脱ぎ捨て、東国へ去っていきます。
兼平は「つまらない者に討たれては、名に傷がつく」と考え、粟津の松原で自害するよう主君にすすめ、自分は一人で敵を食い止めました。ところが義仲は、松原へ向かうと中で、薄い氷の張った深い田に馬の足を取られて動けなくなります。兼平が気になって振り返ったところを、兜の内側(顔)に矢を受けて討たれました。それを知った兼平は、太刀の先を口にくわえて馬から逆さまに飛び降り、自ら命を絶ちます。
原典の巴は、色白で髪が長く、顔立ちの美しい女性です。強い弓を引き、荒馬を乗りこなし、険しい場所を駆け下りるのも得意で、「一人で千人に匹敵する」とまで言われます。義仲から何度も一隊の大将を任され、手柄を立ててきました。
ただし、覚一本で巴が口にする台詞はほんのわずかで、東国へ去ったあとどうなったかは書かれていません。ほかの本や各地の言い伝えには、その後についてさまざまな話が残っていますが、それらは覚一本とは別の伝承です。
『平家物語』は、琵琶法師が語り伝えた軍記物語です。「驕れる者も久しからず」という考えが全体に流れていて、平家を都から追い出した義仲も、すぐに同じように追われる身になります。去年は五万騎あまりで信濃を出たのに、いまは七騎しか残っていないという対比に、そのはかなさがよく表れています。
この場面の中心にあるのは、主君と家来の深い結びつきと、武士が何より大切にした「名誉」です。最期の瞬間に義仲が振り返ったのは、兼平を思う気持ちからでした。高校の古典の授業でもよく読まれる、『平家物語』の中でも特に有名な場面です。
宇治川の先陣争いは冒頭の数ページにまとめ、「馬をもらう→うそ→腹帯の計略→綱を切って渡る」という骨組みを中心に描いています。原典にある畠山重忠たちの活躍などは、話の流れに合わせて短くしています。
川の水の色や雪どけの景色、馬の毛並みや動き、巴の顔立ちや年齢、鎧や武器のデザイン、義仲の表情や心の声、粟津の松原の夕暮れの空などは、漫画で描き足した部分です。原典では一言しか触れられない義仲と兼平の幼いころの約束や、去るよう命じられたときの巴の表情・沈黙も、絵として描いています。巴のその後は覚一本に書かれていないため、去っていく後ろ姿で表現しました。台詞は意味を変えない範囲で、今の言葉に言い換えています。
文章で読むと短い場面ですが、巴が黙って馬を返す瞬間や、薄氷の田で義仲が振り返る一瞬は、絵で見るとまた違った重みがあります。Manga Portalの『平家物語 ―源平合戦、驕れる者の最期―』は、全話無料・会員登録なしで読めます。あらすじを押さえたうえで、第9話の湖のほとりの物語をぜひ漫画でも味わってみてください。
『平家物語』巻九にある、木曽義仲が討たれるまでを描いた章です。義仲は巴を去らせ、乳母子の今井兼平と最後まで戦いますが、粟津で討たれます。それを知った兼平も、後を追って自害します。
原典では、義仲は「最後の戦に女を連れていたと言われたくない」と理由を語っています。巴はなかなか去りませんでしたが、何度も命じられ、最後に敵将を討ってから東国へ去りました。
『平家物語』などの軍記物語には登場しますが、同じ時代の確かな記録では確かめにくく、実在したかどうかについては諸説あります。去ったあとの人生についても、さまざまな伝承が残っています。
義仲を討つ戦いで、佐々木高綱と梶原景季がどちらが先に宇治川を渡るかを競った話です。高綱は「腹帯がゆるんでいる」と景季に声をかけ、そのすきに追い抜いて一番乗りを果たしました。
主君の義仲が討たれたと知ると、もう戦う理由はないと言って、太刀の先を口にくわえ、馬から逆さまに飛び降りて自害しました。幼いころの「死ぬなら同じ場所で」という約束を守った最期です。