平教経(能登守教経)とは
平家一の強弓の猛将
平教経(たいらののりつね)
平教経(たいらののりつね)とは、清盛の弟・教盛の子で、能登守の官職をもつ平家の武将です。平家一番の強弓と怪力の持ち主として知られます。
平家物語の屋島の戦いでは、舟の上から義経ひとりをねらって矢を放ち、身代わりになった佐藤嗣信を射倒しました。壇ノ浦では、負け戦と知りながら義経を探して船から船へと追いかけますが、身軽に逃げられてしまいます。最後は、組みかかってきた大力の安芸太郎・次郎の兄弟を両脇に抱えこみ、「死出の山の供をせよ」と言って海に飛び込みました。
鎌倉幕府の記録『吾妻鏡』には、教経は一ノ谷の戦いで討たれたと書かれていて、亡くなった時と場所には異なる説があります。
登場する話2
第12話
外したら切腹の、一本の矢那須与一(扇の的)/屋島の戦い
屋島の戦い。家来の佐藤嗣信が義経の身代わりに討たれた日の夕暮れ、平家の舟から紅の扇の挑戦が届き、名もない若者・那須与一が、外せば腹を切る覚悟で両軍の見守るなか一本の矢を放つ。称賛の直後に起きる残酷な反転、義経が命がけで拾った弓のわけ、そして射た若者が一人で迎える夜までを描く。
19ページ第13話
8歳の天皇は、祖母に抱かれて海へ壇ノ浦の戦い/知盛最期
琵琶の語りで始まる、平家最後の一日。一門でいちばん先に負けを悟った知盛は、裏切り、幼い帝と母の入水、教経の最後の戦いを見届け、「見るべきものは、すべて見た」と言って兄弟同然の家来・家長と手を取り合い、海へ跳ぶ。
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