第6話その鹿を、追ってはいけなかった黄金の鹿とシーターの誘拐
森の庵に現れた美しすぎる黄金の鹿は、十の頭を持つ魔王ラーヴァナの罠だった。愛と善意が一つずつ扉を開け、シーターは空へさらわれる。年老いた鷲の王ジャターユはただ一羽で立ち向かう。



















最後まで読んでくれてありがとう!
後に『孫悟空のモデル』とも言われる伝説の猿の勇者、ここに初登場。
森の庵に現れた美しすぎる黄金の鹿は、十の頭を持つ魔王ラーヴァナの罠だった。愛と善意が一つずつ扉を開け、シーターは空へさらわれる。年老いた鷲の王ジャターユはただ一羽で立ち向かう。



















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後に『孫悟空のモデル』とも言われる伝説の猿の勇者、ここに初登場。
この話のもとになった神話
インドの古い叙事詩、ヴァールミーキの『ラーマーヤナ』第3巻「森の巻」には、物語の大きな転機になる事件が書かれています。王子ラーマが妻シーター、弟ラクシュマナと森で暮らしていたころ、ラーマは羅刹(らせつ、人を襲う魔物)カラの軍勢を打ち破りました。その知らせを聞いたランカーの王ラーヴァナは、仕返しを考えます。
ラーヴァナはまず、羅刹マーリーチャに手伝わせようとします。しかしマーリーチャは、少年のころのラーマに矢で海まで吹き飛ばされたことがあり、ラーマを心から恐れていました。いったんは止められて帰ったラーヴァナですが、妹シュールパナカーに「王なのに何をしているのか」と責められ、シーターの美しさを聞かされて、シーターをさらうと決めます。
ラーヴァナに「断れば殺す」と脅されたマーリーチャは、「どうせ死ぬならラーマに討たれたい」と覚悟し、銀の斑点と宝石の角を持つ黄金の鹿に化けて庵の近くに現れました。
鹿を見たシーターは、生け捕りにしてほしいとラーマに頼みます。ラクシュマナは「マーリーチャの化けた姿では」と疑いますが、ラーマは弟にシーターの守りを任せて鹿を追いました。矢を受けた鹿は巨大な羅刹の姿に戻り、ラーマの声をまねて「ああシーター、ラクシュマナ」と叫んで死にます。
その声を聞いたシーターは、助けに行こうとしないラクシュマナを激しくなじります。深く傷ついたラクシュマナは庵を離れ、シーターは一人になりました。そこへラーヴァナが托鉢の修行者の姿で現れます。シーターは客としてもてなしますが、ラーヴァナが名乗って妃になれと迫ると、きっぱり断りました。するとラーヴァナは十の首を持つ本来の姿を見せ、シーターをロバが引く空飛ぶ戦車に乗せて連れ去ります。
ダシャラタ王の友だった年老いた鳥の王ジャターユは、ただ一羽で立ち向かい、弓・ロバ・御者・戦車を次々に壊しました。しかし老いと疲れには勝てず、翼を斬られて地に落ちます。シーターは山の上に5匹の猿を見つけ、上衣に装身具を包んで投げ落としました。これがのちの手がかりになります。庵に戻ったラーマは悲しみに沈み、死にかけたジャターユから事情を聞きます。ジャターユが息を引き取ると、ラーマは自らの手で火葬しました。
この話では、悪意だけでなく、愛や善意が不幸のきっかけになります。鹿を欲しがるシーターの気持ち、兄を心配する声、客をもてなす礼儀。どれも悪いことではないのに、一つずつ守りがほどけていきます。古代インドでは、修行者や客人を手厚くもてなすことが大切なつとめとされていました。ラーヴァナはその心を利用したのです。
一方で、勝てないと知りながら戦ったジャターユや、さらわれながらも手がかりを残したシーターの姿は、恐れに負けない心を表しています。ラーマが鳥のジャターユを家族のように弔う場面も、恩と友情を重んじる物語の考え方をよく伝えています。
漫画では、人物の顔立ちや衣装、鹿を追う道のり、ラーヴァナの変身の演出、ジャターユとの空中戦の動き、火葬の空や炎の描き方などを自由に描いています。マーリーチャとの長い問答や、ランカーでの説得も短くまとめました。ただし十の首と二十の腕、ロバの引く黄金の戦車、銀の斑点の鹿、装身具を上衣で包んで猿たちへ投げることなど、原典に書かれた点は守っています。
なお、漫画のあらすじではジャターユを「鷲の王」と呼んでいますが、原典の言葉はハゲワシを指す「グリドラ」です。また、ラクシュマナが庵のまわりに結界の線(ラクシュマナ・レーカー)を引く話は広く知られていますが、ヴァールミーキの原典にはなく、後の時代の語り直しで加わったものとされます。
文章で読むと一瞬の出来事も、漫画ではシーターの迷いやジャターユの必死な羽ばたきまで目で追えます。『ラーマーヤナ ―追放の王子と風の子ハヌマーン―』は全話無料、会員登録なしで読めます。第6話を読んだら、5匹の猿たちが登場する次の話もぜひのぞいてみてください。
羅刹マーリーチャが化けた姿です。ラーヴァナに脅され、ラーマを庵から引き離すために鹿になりました。死ぬときにラーマの声をまねて叫び、ラクシュマナまで庵から離れさせます。
ランカーの羅刹王ラーヴァナです。托鉢の修行者に化けて近づき、正体を見せてから空飛ぶ戦車でシーターを連れ去りました。
ラーマの父ダシャラタ王の友だった、年老いた鳥の王です。原典ではハゲワシの王とされます。シーターを守ろうとラーヴァナと戦って倒れ、ラーマに事情を伝えて亡くなりました。
ヴァールミーキの原典には出てきません。後の時代の語り直しで広まった話とされています。