第3話「その目、どうしたの?」から始まる恋久米歌とイスケヨリヒメ
兄を失いながら大和をめざすイワレビコは、岩屋の宴の合図、兄を射た男と向き合う夜明けの攻め、飢えた兵を救う呼び声と、歌で道を切り開く。この国の王となった若者は、戦友オオクメの返歌に助けられ、まっすぐな目の乙女と出会う。
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最後まで読んでくれてありがとう!
王の死後、母は歌で息子に危険を知らせた。「風が吹こうとしている」
兄を失いながら大和をめざすイワレビコは、岩屋の宴の合図、兄を射た男と向き合う夜明けの攻め、飢えた兵を救う呼び声と、歌で道を切り開く。この国の王となった若者は、戦友オオクメの返歌に助けられ、まっすぐな目の乙女と出会う。
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王の死後、母は歌で息子に危険を知らせた。「風が吹こうとしている」
この話のもとになった神話
兄の五瀬命を失いながら東へ進んだ神倭伊波礼毘古命(イワレビコ)は、宇陀を平定したあと、忍坂(おさか)の大きな室(むろ)に着きます。中では、尾の生えた「土雲(つちぐも)」と呼ばれる八十建(やそたける)が、大勢で待ち構えていました。
イワレビコは八十建にご馳走をふるまい、相手一人ひとりに給仕役の膳夫(かしわで)を一人ずつ、あわせて八十人つけます。膳夫はそれぞれ刀を帯びていて、「歌が聞こえたら一斉に斬れ」と命じられていました。やがて合図の歌が響き、八十建は討ち取られます。
続いて、兄のかたきである登美毘古(とみびこ)を討とうとするときにも、「撃ちてし止まむ(撃たずにはおかない)」で終わる歌を三首詠みます。畑の韮を根ごと抜くように、口に残る山椒の辛さを忘れないように、海の岩をはう小さな巻貝のように――身近なものにたとえて決意を歌うのです。兄師木・弟師木(えしき・おとしき)との戦いで軍が疲れたときには、山の木の間から見張り続けて腹が減った、鵜飼の仲間よ今すぐ助けに来てくれ、と呼びかける歌を詠みました。
やがて天から降った神・邇芸速日命(ニギハヤヒ)が現れ、天つ神の御子を追って降ってきたと申し出て、天津瑞(あまつしるし=天の神の子のしるしとなる品)を差し出し、仕えます。こうして荒ぶる神々を従わせ、従わない者を退けたイワレビコは、畝火(うねび)の白檮原宮(かしはらのみや)で天下を治めました。
大后(正妻)を探すと、家臣の大久米命(おおくめのみこと)が「神の御子と呼ばれる乙女がいます」と伝えます。それが伊須気余理比売(イスケヨリヒメ)です。三輪の大物主神が赤く塗った矢に姿を変えて母の勢夜陀多良比売に近づき、のちに立派な若者となって結ばれ、生まれたのが彼女でした。
高佐士野(たかさじの)で七人の乙女が遊んでいると、大久米命は「どの娘を妻にしますか」と歌でたずね、イワレビコは先頭に立つ年上の娘を選ぶと歌で答えます。王の言葉を伝えに来た大久米命の、入れ墨をした鋭い目を見て、比売は「どうしてそんな目なの」と歌でいぶかしみます。大久米命が「あなたにじかに会うためです」という意味の歌で返すと、比売はお仕えすることを承知し、天皇は狭井河(さいがわ)のほとりの比売の家で一夜を過ごしました。
この場面では、戦いの節目ごとに歌が置かれています。これらの歌は日本書紀や後の宮廷の歌舞で「久米歌(くめうた)」と呼ばれ、久米氏にゆかりのある戦いの歌として伝えられてきました。ただし古事記の神武天皇の段そのものには、この歌の一群を「久米歌」と名づける文はありません。
山椒の歌の「忘れない」を、兄・五瀬命が登美毘古との戦いで受けた傷と死への思いと結びつける読み方もありますが、これは後の時代の解釈です。また、三輪山の神の血を引く娘が大后になることで、大和の土地の神と新しい王が結ばれる意味がある、という見方もあります。
なお、よく知られる即位の日付(紀元前660年、2月11日)は日本書紀の記述をもとに明治時代に計算されたもので、古事記には即位の儀式も日付も書かれていません。
漫画は原典の流れを守りながら、書かれていない部分を絵で補っています。忍坂の室を岩屋として描くこと、宴の料理、八十建の姿(尾があること以外)、膳夫が刀をどう身につけていたかは漫画の演出です。原典は「刀を帯びていた」とだけ書いています。
兵たちが歌に声を合わせて奮い立つ場面も脚色で、原典は歌い手を書いておらず、流れからはイワレビコ自身が詠んだと読めます。韮・山椒・巻貝・鵜飼といった歌の言葉を絵のたとえで見せる工夫、邇芸速日命の姿や天津瑞の形も漫画のオリジナルです。登美毘古や兄師木・弟師木の最期は、古事記には書かれていません。
後半の高佐士野の景色、乙女たちの遊びや衣装、大久米命の入れ墨の模様、イスケヨリヒメの性格や表情も創作ですが、歌で交わされるやりとりの中身は原典に沿っています。
文字で読むと難しい古代の歌も、漫画なら場面と一緒に意味がすっと入ってきます。宴の合図、夜明けの攻め、飢えた兵の呼び声、そしてまっすぐな目の乙女との出会い。第3話は、戦いの物語が恋の物語へと切りかわる回です。
「古事記 中巻 ―英雄たちの時代―」はManga Portalで全話無料、会員登録なしで読めます。あらすじで流れをつかんだら、ぜひ漫画でイワレビコたちの歌声を感じてみてください。
神武天皇の東征の戦いの場面で詠まれる歌の一群で、「撃ちてし止まむ」で終わるものが知られています。「久米歌」という呼び名は日本書紀や後の宮廷の歌舞での言い方で、古事記の本文にはこの名前をつける文はありません。
「敵を撃たずにはおかない」「撃ち倒すまでやめない」という強い決意を表す言葉です。古事記では、登美毘古を討とうとする場面の歌などの終わりに繰り返されます。
三輪の大物主神と勢夜陀多良比売の間に生まれた娘で、「神の御子」と呼ばれました。高佐士野で七人の乙女の先頭にいたところを見そめられ、神武天皇の大后となります。
古事記では、畝火の白檮原宮で天下を治めたと書かれています。紀元前660年2月11日という日付は日本書紀の記述をもとに明治時代に計算されたもので、古事記には即位の儀式も日付もありません。
古事記には、大久米命が目のまわりに入れ墨をした鋭い目をしていたことと、それを見たイスケヨリヒメが歌で不思議がったことが書かれています。大久米命は「あなたにじかに会うため」という意味の歌で機転よく答えました。