義経記 あらすじ
『義経記(ぎけいき)』は、室町時代ごろにまとめられたとされる、源義経の一生を描いた軍記物語です。平家との合戦の場面はほとんど書かず、牛若丸と呼ばれた少年時代と、兄・頼朝に追われてからの逃避行を中心に語っているのが大きな特徴です。
平治の乱で父・源義朝を失った牛若は、鞍馬寺に預けられて遮那王と呼ばれます。自分が源氏の子だと知ると、夜ごと僧正が谷で武芸を磨き、やがて金売り吉次とともに奥州平泉へ。旅の途中で盗賊を退け、元服して義経と名乗ります。京では鬼一法眼の兵法書を読み、千本の太刀を集める荒法師・武蔵坊弁慶を打ち負かして家来にします。
兄・頼朝の挙兵に駆けつけた義経は平家を滅ぼしますが、告げ口によって兄に疑われ、腰越状を書いても許されません。堀川の夜討ち、大物浦の嵐、吉野山での静御前との別れ、佐藤忠信の身代わり、鎌倉での静の舞、如意の渡しで弁慶が主君を打つ場面を経て、一行は山伏姿で奥州へ。最後は衣川で、弁慶が立ったまま息絶え、義経も自害して物語は幕を閉じます。
あらすじ一覧
第1話寺の優等生が、夜だけ天狗の谷へ行く理由 ―鞍馬山の牛若丸―
漫画のあらすじ義経伝説 第1話。山寺でみんなに愛される少年シャナオウは、ある夜たずねてきた旅の僧から、自分が源氏の大将の子であること、父が平家のほうびを欲しがった家来に斬られたことを知り、父の形見の太刀を託される。その日から、昼は優等生、夜は天狗の谷で独り太刀を振るう二重生活が始まる。
原典では物語は平治元年(1159年)の冬から始まります。平治の乱で平家に敗れた源氏の大将・源義朝は、都を逃れて東国へ向かう途中、尾張国の内海(いまの愛知県)に立ち寄ります。ところが、代々源氏に仕えてきた家来の長田忠致にだまされ、討たれてしまいました。義朝が風呂場(湯殿)で討たれたという有名な場面は、主に『平治物語』の系統で語られる話です。
第2話盗賊は、襲う相手を間違えた ―義経の元服(鏡の宿)―
漫画のあらすじシリーズ第2話。北の大殿が源氏の若君を待っていると聞いたシャナオウは、16歳の春、だれにも告げずにクラマ山を出る。鏡の宿で盗賊の夜襲をただ一人で退け、宿の古い鏡に映る自分の稚児姿を見つめたあと、熱田の宮で、名前をくれる大人がいないまま自分で元服し「源九郎ヨシツネ」と名乗る。
原典では平治の乱で父・源義朝が討たれたあと、末っ子の牛若は京の北にある鞍馬寺に預けられ、「遮那王(しゃなおう)」という稚児名で呼ばれていました。やがて自分が源氏の子だと知った遮那王は、父の仇である平家を討ちたいという思いを胸の奥に秘めるようになります。
第3話彼の目当ては、私ではなく本だった ―鬼一法眼と虎の巻―
漫画のあらすじシリーズ第3話。戦で父を失った若者は海の向こうから渡った戦の秘伝書を読むため陰陽師ホウゲンの屋敷に居座り、彼に恋した娘は自分の意思で禁じられた書を持ち出す。書の知恵と娘のお守りで待ち伏せを返り討ちにした若者は、別れぎわに初めて「ヨシツネ」と名乗り、娘はその名を胸に屋敷に残る。
原典ではこの話は、室町時代に成立した軍記物語『義経記(ぎけいき)』の巻二に出てきます。作者はわかっていません。章の名前や区切り方は、残っている本(伝本)によって少しずつ違います。
第4話生まれた日から、歯が生えそろっていた ―弁慶の誕生と書写山―
漫画のあらすじシリーズ第4話(全19ページ)。歯が生えそろった姿で生まれ「鬼の子」と恐れられた少年は、比叡山を追われ、自分で「武蔵坊弁慶」と名乗る。書写山で笑いものにされた怒りが大火を招き、居場所を失った彼は、都を通る武者から太刀を千本奪うと誓う。
原典では『義経記』は、源義経の一生を語る軍記物語です。作者はわかっておらず、室町時代の前期ごろにまとまったと考えられています。巻三では、のちに義経の家来になる武蔵坊弁慶の生い立ちが語られます。弁慶の父は、熊野三山をまとめる高い位の僧「熊野の別当」でした。別当は、熊野詣でに来た二位大納言の姫君に心をうばわれ、力ずくで熊野へ連れて行って妻にしてしまいます。
第5話笛吹きの少年に、刀が届かない ―弁慶の千本の太刀(牛若丸との出会い)―
漫画のあらすじ太刀を九百九十九本集めた乱暴者の坊さんベンケイは、千本目を狙った夜、笛を吹く少年にひと太刀も届かない。次の夜、崖の上のお寺で再び挑んだ彼が、負けて見つけたものとは。
原典では弁慶と義経の出会いは、室町時代の前期ごろにできたとされる軍記物語『義経記(ぎけいき)』の巻三に書かれています。作者はわかっていません。
第6話勝てば勝つほど、兄が遠くなる ―黄瀬川の対面と腰越状―
漫画のあらすじ兄・頼朝の挙兵を聞いて駆けつけた義経は、生まれて初めて会う兄と涙を分かち合う。だが平家を滅ぼすほど勝ち続けた弟を待っていたのは、兄のもとへ通じない閉ざされた道だった。
原典では伊豆に流されていた源頼朝は、治承四年(1180年)、妻の父である北条時政らに支えられて、平家を倒すために兵を挙げました。はじめは石橋山の戦いで負けて、海を渡って安房へ逃げます。その後、関東の武士たちを集め直して、鎌倉を本拠地にしました。義経記はこのあたりを短くまとめているだけで、細かい流れは鎌倉幕府の記録『吾妻鏡』などから知られています。
第7話暗殺者が来た夜、英雄は眠っていた ―堀川夜討(静御前)―
漫画のあらすじ兄ヨリトモが送った刺客トサボウの嘘の誓いを、ヨシツネは兄を信じたくて受け入れてしまう。その夜、誰より早く異変に気づき、眠る彼を起こして鎧を着せ、闇に灯を掲げ、最後は火を放って援軍を呼んだのは、白拍子のシズカだった。
原典では平家を倒したあと、源義経と兄の頼朝の仲は悪くなっていきます。頼朝は弟を討つ者を探し、その役を引き受けたのが土佐坊正尊(とさのぼう しょうぞん)という僧でした。土佐坊は「熊野へお参りに行く」と見せかけて、少ない手勢を連れて京の都へ上ります。
第8話都を守るために、都を捨てた ―大物浦の嵐(義経の都落ち)―
漫画のあらすじ兄に命を狙われるヨシツネは、都を戦場にしないために西国へ落ちることを決め、大物の浦から船を出す。しかし激しい嵐で船団は散り、岸に押し戻されたのはわずかな者だけだった。すべてを失った一行は、ヨシノの山を目指す。
原典では『義経記』は、室町時代前期ごろにできたとされる、作者のわからない軍記物語です。平家を倒した英雄・源義経の少年時代と、兄の頼朝に追われてからの日々を中心に描いています。第8話のもとになっているのは、巻第四の「義経都落の事」と「住吉大物二ケ所合戦の事」です。
第9話雪山に残った義経は、身代わりだった ―吉野山(静との別れと佐藤忠信)―
漫画のあらすじ雪の吉野山で、義経は僧兵の追手から静を守るため、彼女を都へ帰すと決める。だが静は信じた供に置き去りにされ、同じ山では佐藤忠信が主君の鎧と名をまとい、杉木立を味方に独りで敵の前に立つ。
原典では兄の源頼朝と対立して都を追われた源義経は、弁慶たちわずかな家来と、愛する静(静御前)を連れて吉野山に入り、しばらく身を隠します。ところが吉野の僧兵たち(衆徒)は、義経をかくまえば鎌倉にとがめられると恐れました。そこで話し合いを開き、義経を討とうと兵を集めはじめます。
第10話頼った恋人に、居場所を売られた ―佐藤忠信(六条堀川の籠城)―
漫画のあらすじ吉野で主君の身代わりとなって生きのびた忠信は、都でかつての恋人を頼るが、密告されて大軍に囲まれる。主君の旧館に立てこもった忠信は、屋島で散った兄・継信と同じ生き方を選ぶ。
原典では『義経記』は、源義経の一生を語る室町時代の軍記物語です。作者はわかっていません。第10話の元になったのは、巻六の「忠信都へ忍び上る事」と「忠信最期の事」です。
第11話敵の前で、恋しい人を歌った ―静御前の舞(しづやしづ)―
漫画のあらすじ兄・頼朝に追われる義経と雪の山で別れ、捕らえられて鎌倉へ送られた静は、義経の居場所を最後まで明かさず、生まれた我が子も奪われる。舞と誇りだけが残った静は、頼朝と政子の前で神前の舞を命じられ、敵の町で恋しい義経を想う歌を堂々と歌う。
原典では『義経記』は、源義経の一生を描いた軍記物語です。作者はわかっておらず、室町時代の前期ごろにまとまったと考えられています。兄の頼朝に追われた義経は吉野山へ逃げ、そこで愛する静と別れました。静はその後捕らえられ、京で取り調べを受けます。義経の子を身ごもっていたため、頼朝の命令で、母の磯禅師に付き添われて東海道を下り、鎌倉へ送られました。
第12話打たなければ、主君が捕まる ―如意の渡し(弁慶、義経を打つ)―
漫画のあらすじ実の兄に追われた義経たちは、山伏に姿を変えて北へ向かう。如意の渡しで正体を疑われた主君を救うため、弁慶は人前で主君を扇で打つ。主君を打ったその手が、雪の山で生まれた小さな命に握られる。
原典では兄の源頼朝と対立し、都にいられなくなった判官義経は、奥州平泉の藤原秀衡を頼ることに決めます。妻の北の方(久我大臣の姫君)も一緒に行きたいと強く願い、義経は迷いながらも連れて行くことにしました。弁慶の提案で一行は羽黒山伏の姿になり、北の方は稚児(寺に仕える少年)の姿に装います。
第13話殿のお経が終わるまで、ここは通さない ―衣川の戦い(弁慶の立ち往生)―
漫画のあらすじシリーズ第13話・最終回。平泉でようやく安らぎを得た義経だったが、秀衡の死後、泰衡の大軍が衣川の館を襲う。主が経を読み終えるまで、弁慶はただ一人門の前に立ち続けた。
原典では兄の源頼朝に追われた源義経(判官殿)は、奥州平泉の藤原秀衡のもとに身を寄せます。秀衡は義経を手厚く守りましたが、やがて病に倒れました。死の床で秀衡は息子たちを集め、判官殿を大将軍として仰ぎ、鎌倉に従ってはならないと言い残します。さらに誓いの文書(起請文)まで書かせてから、この世を去りました。