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第7話受け取れば、生きられる円山会議と神文返し

殿の家を立て直す最後の望みが消え、大石は京・円山で討ち入りを決める。誓いの紙「神文」が同志に返され、受け取って去る者と突き返して残る者に分かれていく。荷を背負って使者に付き従った足軽・寺坂にも、最後の一枚が差し出される。

19ページ全話無料・会員登録なし

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次回予告 · 制作中第8話 江戸潜伏 ―茶会の日―

米屋、医者、茶人の弟子――江戸の町に、47人の復讐者が隠れていた

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この話のもとになった神話

忠臣蔵の円山会議と神文返しとは?あらすじをやさしく解説

元の話のあらすじ(円山会議と神文返し)

元禄15年(1702年)7月、幕府は、江戸で閉門(門を閉じて外出などを禁じられる罰)になっていた浅野大学長広の閉門を解き、広島の浅野本家に引き取らせると決めました。日付は7月18日とされます。大学は亡き殿・浅野内匠頭の弟で、浅野家を立て直すときに当主になるはずの人でした。その大学が本家に預けられることになり、家を立て直す道は事実上なくなりました。

知らせを受けた大石内蔵助は、7月28日に京都・円山で同志と話し合い、吉良上野介を討つことを正式に決めました。これがいわゆる「円山会議」です。会場は円山・安養寺の塔頭(重阿弥)とされ、大石の息子・主税、原惣右衛門、江戸から来た堀部安兵衛、大高源五など十数人が集まったと伝えられます。ただし、出席者の顔ぶれには説によって違いがあります。

このあと大石は、大高源五と貝賀弥左衛門に同志の家を回らせ、前に預かっていた誓いの紙「神文」を返させました。使者が伝えたのは「再興の望みが絶えたので、神文はもういらない」という言葉です。そのまま受け取った者は仲間から抜けたものとされ、怒って受け取りを拒んだ者だけが同志として残りました。百二十人ほどいた同志は五十数人ほどに減ったといわれます(数は史料や数え方によって違います)。残った者は少しずつ江戸へ向かい、大石自身も10月に京を出ました。

時代の背景:なぜ「お家の再興」が大切だったのか

前の年の元禄14年3月、浅野内匠頭は江戸城・松の廊下で吉良上野介に斬りかかり、その日のうちに切腹を命じられました。赤穂の浅野家は取りつぶしとなり、家来たちは主君と仕事を一度に失いました。一方、吉良は罰を受けませんでした。

武士にとって「家」は、先祖から続く名前であり、家来たちの暮らしを支える土台でした。大石がまず目指したのは、大学を当主にして浅野家をもう一度立てることでした。家が戻れば殿の名誉も一部は守られ、家来たちの行き場もできます。だからこそ、大学の処分が決まったことが、討ち入りへ方針を切り替える決め手になったのです。

神文返しが伝えていること

神文とは、神仏に誓って書く約束の紙です。それを「もういらない」と返すことは、「ここで去っても責めない」という出口を用意することでもありました。討ち入りは命がけの行動で、成功しても重い罰を受ける見込みが高いものでした。大石は、無理に引き留めるよりも、本当に覚悟のある者だけを確かめようとしたと考えられています。

去った人の中には、身分の高い重臣や大石の親類もいたと伝えられます。後の時代の物語では、去った人は悪く描かれることが多くありました。けれども実際には、家族の暮らしや年齢など、それぞれに事情があったはずです。第7話の題「受け取れば、生きられる」は、この選択の重さを表しています。

漫画版で変えたところ・足したところ

漫画では、史料にくわしく残っていない部分を想像でおぎなっています。円山会議の席の並びや大石の宣言の台詞、神文を返された浪士一人ひとりの反応(ほっとする、怒る、突き返す、泣く)、訪ねた先の家族の様子は創作です。大高と貝賀が同志の家を回る道中や、旧暦7〜8月の京都の残暑、お盆のころの景色も、雰囲気を伝えるために描き足したものです。

足軽の寺坂吉右衛門が荷を背負って使者について行き、最後の一枚を差し出される場面も、漫画のオリジナルの演出です。寺坂は吉田忠左衛門に仕えた身分の低い同志で、一党の動きを書き残した『寺坂信行筆記』の筆者として知られています。ラストで残った者の顔を一コマずつ見せる順番や、去る人を責めずに暮らしの事情から描く見せ方も、漫画ならではの工夫です。

漫画で読むには

文章で読むと短い出来事ですが、漫画では、紙一枚を受け取るか突き返すかという一瞬に、一人ひとりの人生が見えてきます。第7話「受け取れば、生きられる ―円山会議と神文返し―」は、Manga Portalで全話無料・会員登録なしで読めます。前の話から続けて読むと、大石が再興にかけていた思いや、決断の重さがより伝わるはずです。

この話の登場人物

大石内蔵助良雄(おおいし くらのすけ よしお)
赤穂浅野家の元筆頭家老で同志のリーダー。再興の望みが消えると円山会議で討ち入りを決め、神文返しを命じた。
浅野大学長広(あさの だいがく ながひろ)
浅野内匠頭の弟で、再興のときに当主になるはずだった人物。広島の本家に引き取られる処分が、討ち入りの決め手になった。
大高源五忠雄(おおたか げんご ただお)
大石の命令で同志の家を回り、神文を返した使者。子葉という俳号で俳諧をたしなんだことでも知られる。
貝賀弥左衛門友信(かいが やざえもん とものぶ)
大高源五と組んで神文を返して回った年長の同志で、吉田忠左衛門の弟。
堀部安兵衛武庸(ほりべ やすべえ たけつね)
早く討ち入るよう大石に強く迫った江戸の急進派の中心人物。円山会議のため京に上ったとされる。
寺坂吉右衛門信行(てらさか きちえもん のぶゆき)
吉田忠左衛門に仕えた足軽で、『寺坂信行筆記』の筆者。漫画では使者の荷を背負ってついて行く視点人物として描かれる。

よくある質問

忠臣蔵の円山会議とは何ですか?

元禄15年7月28日、大石内蔵助が京都・円山に同志を集めて開いた話し合いです。浅野家の再興の望みが絶えたことを受けて、ここで吉良上野介を討つ方針が正式に決まりました。

神文返しとは何ですか?

同志が以前に差し出した誓いの紙「神文」を、「再興の望みが絶えたので不要になった」として返したことです。そのまま受け取った者は仲間から外れ、受け取りを拒んだ者だけが同志として残りました。

神文返しで同志は何人に減ったのですか?

百二十人ほどいた同志が、五十数人ほどに減ったといわれます。ただし、数は史料や数え方によって違います。

浅野大学の処分で、なぜ討ち入りが決まったのですか?

大石たちは、内匠頭の弟の大学を当主にして浅野家を立て直すことを目指していました。大学が広島の本家に引き取られると決まり、その道が事実上なくなったため、討ち入りへと方針を切り替えたのです。

寺坂吉右衛門はどんな人ですか?

吉田忠左衛門に仕えた足軽で、四十七士の中では身分の低い同志です。一党の動きを記録した『寺坂信行筆記』を書いた人物として知られています。

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