第4話主君が死んで、家老は毎晩飲み歩いた昼行灯・大石内蔵助の放蕩
忠臣蔵シリーズ第4話。主家を失った筆頭家老オオイシは家の再興を願いながら毎晩遊里に通い、世間にも仲間にも笑われていく。宴の灯りの陰で一瞬だけ見せた素面の目は、芝居だったのか本心だったのか――答えのないまま夜が明ける。
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最後まで読んでくれてありがとう!
「待て」と言うリーダーと「今だ」と叫ぶ剣士。正しいのはどちらか
忠臣蔵シリーズ第4話。主家を失った筆頭家老オオイシは家の再興を願いながら毎晩遊里に通い、世間にも仲間にも笑われていく。宴の灯りの陰で一瞬だけ見せた素面の目は、芝居だったのか本心だったのか――答えのないまま夜が明ける。
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この話のもとになった神話
元禄14年(1701年)3月、赤穂藩主の浅野内匠頭が江戸城の中で吉良上野介に斬りつけ、その日のうちに切腹を命じられました。赤穂浅野家は取りつぶし(改易)となり、4月には赤穂城も明け渡されます。筆頭家老の大石内蔵助は、そのあと京都の郊外・山科に移り住みました。
山科で大石がまず目指したのは、仇討ちではなく浅野家を立て直すことでした。主君の弟・浅野大学を跡継ぎにして家を再び興せるよう、幕府に働きかけを続けます。江戸にいる堀部安兵衛たち「早く討ち入るべきだ」と迫る仲間には何度も手紙を送り、大学の処分が決まるまでは動かないようにと説き続けました。
その一方で、大石は伏見の撞木町などの遊里に通って遊び、その評判は世間に広まりました。元禄15年には妻のりくを離縁して実家の但馬・豊岡に帰し、京の女性・可留をそばに置いています。同じ年の7月、浅野大学が広島の浅野本家に預けられることが決まり、家を再興する望みは消えました。その月の下旬、京の円山に同志が集まり、吉良を討つ方針が決まります(円山会議)。
事件からおよそ半世紀後の寛延元年(1748年)、人形浄瑠璃『仮名手本忠臣蔵』が初演されました。作者は竹田出雲・三好松洛・並木千柳です。物語の時代は室町時代の『太平記』の世界に移されていて、大石は「大星由良助」、浅野内匠頭は「塩冶判官」、吉良は「高師直」という名前で登場します。
七段目では、京の祇園・一力茶屋で遊びふける由良助のもとに、仲間たちが討ち入りの決意を確かめに来ます。しかし由良助は酔ったふりをしてはぐらかし、寝てしまいます。敵方に寝返った元家老の斧九太夫は、主君の命日の前夜だというのに蛸の肴をすすめて本心を試しますが、由良助は平気で食べてみせます。
九太夫は帰ったふりをして縁の下に隠れます。息子の力弥が届けた密書を由良助が縁側の灯りで読むと、二階の遊女お軽が鏡に映して盗み読み、縁の下の九太夫も垂れ下がった手紙の端を読みます。秘密を知ったお軽を由良助は身請けすると言い出しますが、本当のねらいが口封じだと気づいた兄の平右衛門は、自分の手で妹を斬ろうとします。由良助は二人を止めて平右衛門を仲間に加え、最後はお軽の手を取って、床下の九太夫を刀で刺させます。
大石の遊びは「吉良方や上杉家の密偵の目をごまかすための作戦だった」とよく語られます。しかし、これを裏づける同時代の史料は見つかっていません。遊んでいたこと自体は記録に残っていますが、なぜ遊んだのか、本人がどんな気持ちだったのかは書き残されていないのです。
「遊ぶ大石に失望して仲間が去っていった」という話も有名です。実際に脱落した同志がいたことは史料からわかりますが、その原因を大石の遊びと結びつけるのは、後の時代の語りだと考えられています。私たちがよく知る「放蕩する大石」の姿には、七段目などのお芝居のイメージが強く重なっているといえるでしょう。なお、史実の可留と七段目のお軽は別人で、名前の音が似ているだけです。
第4話は、史実の山科時代をもとにしています。大石が遊んだ理由は史料に答えがないため、漫画では「芝居なのか、本心なのか」をあえて決めずに描いています。ここは漫画の解釈ですが、記録が残っていない部分にむしろ正直な描き方だといえます。
吉良方の密偵の姿や尾行の場面、密書が届く夜の差出人や中身、遊里の座敷や山科の住まいの様子、大石に失望する仲間などの脇役は、漫画オリジナルの創作です。史実には七段目のような密書の場面はありません。また、作中に出てくる「敵をあざむくには、まず味方から」はことわざで、大石本人が言ったという記録はなく、漫画でのセリフは脚色です。
手紙に残る慎重な大石と、遊里で笑われる大石。どちらが本当の顔だったのかは、今もわかっていません。漫画『忠臣蔵 ―四十七士、雪の夜の誓い―』第4話では、宴の灯りの陰に一瞬だけ見えた素面の目を通して、その答えのない問いを描いています。全話無料・会員登録なしで読めるので、刃傷事件から雪の夜の討ち入りまで、順番にたどってみてください。
はい、主家が取りつぶされた後、伏見の撞木町などの遊里に通っていたことは記録に残っています。ただし、なぜ遊んだのかという本人の気持ちは史料に書かれていません。
吉良方や上杉家の密偵をあざむくための計略だった、という説がよく知られています。しかし、それを裏づける同時代の史料はなく、本当のところはわかっていません。
祇園一力茶屋で遊ぶ大星由良助を、敵に寝返った斧九太夫が試し、縁の下から密書を盗み読む場面が中心です。最後は、同じく密書を盗み読んだ遊女お軽の手を由良助が取り、九太夫を刺させます。
大石内蔵助は実在した赤穂浅野家の家老で、大星由良助は彼をモデルにお芝居の中で作られた人物です。『仮名手本忠臣蔵』では時代や名前を変えて描かれています。
元禄15年7月、浅野大学の処分が決まって家の再興の望みが絶たれた後、京の円山に同志が集まった話し合いです。ここで吉良を討つ方針が決まりました。