第9話踏み込んだ寝床は、まだ温かかった吉良邸討ち入り
元禄十五年十二月十四日の雪の夜、二年近く耐えてきた浪士たちは本所に集まり、夜明け前に表門と裏門の二手から吉良邸へ攻め入る。隣の屋敷に礼を尽くし、主を守ろうとした若い家臣の死を見届けた彼らが踏み込んだ寝所には、まだ温かい寝床だけが残されていた。



















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1年9か月追い続けた仇は、炭小屋の暗闇にいた
元禄十五年十二月十四日の雪の夜、二年近く耐えてきた浪士たちは本所に集まり、夜明け前に表門と裏門の二手から吉良邸へ攻め入る。隣の屋敷に礼を尽くし、主を守ろうとした若い家臣の死を見届けた彼らが踏み込んだ寝所には、まだ温かい寝床だけが残されていた。



















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1年9か月追い続けた仇は、炭小屋の暗闇にいた
この話のもとになった神話
元禄14年(1701年)3月14日、赤穂藩主の浅野内匠頭は江戸城の中で吉良上野介に斬りかかり、その日のうちに切腹を命じられました。いっぽう吉良には、おとがめがありませんでした。藩を失った赤穂の家臣たち(浪士)は、それから二年近く機会を待ち続けます。
元禄15年12月14日の夜、浪士たちは本所(今の東京都墨田区あたり)にあった仲間の住まいなど数か所に分かれて集まり、身支度を整えました。そして15日の明け方、寅の上刻(午前4時ごろ)に吉良邸へ攻め入ります。表門は大石内蔵助の隊が梯子で乗り越えて中から開け、裏門は大石主税の隊が掛矢(大きな木づち)で打ち破りました。
表門には、主君の無念を晴らすための行いだと書いた「浅野内匠家来口上」を文箱に入れ、竹竿に付けて立てました。また隣の屋敷には、浅野の家来が仇討ちに来たこと、火の元には気をつけることを伝え、手出しをしないよう頼んだと記録されています。
吉良家の家臣たちも刀をとって戦い、清水一学らが討ち死にしました。ところが浪士たちが寝所に踏み込むと、吉良の姿はありません。浪士たちは屋敷中を探し回ることになります。この後、吉良は物置(炭小屋と伝わる)に隠れているところを見つけられます。
忠臣蔵はとても有名な話なので、後から付け加えられた場面も多くあります。たとえば「雪が積もり、月が照らしていた」という情景は広く語られていますが、この記事のもとにした史料では文言を確かめられていません。旧暦の14日なので満月に近かったのは確かです。
合言葉「山」「川」も通説で、芝居の『仮名手本忠臣蔵』では「天」「河」になっています。そろいの羽織姿も芝居の演出で、実際は黒っぽい着物の下に鎖帷子などを着込み、白い布を目印にしていたといわれます。
「寝床に手を入れるとまだ温かかった」という場面は、講談や実録物でよく使われる描写です。隣の旗本・土屋家が提灯を掲げて浪士を照らしたという話も、言い伝えとして知られています。
江戸時代の中ごろは戦のない平和な時代で、武士が実際に刀を抜くことはまれでした。その中で、主君のために命をかけた浪士たちの行動は、当時の人々に大きな衝撃を与えました。
事件は早くから芝居になり、なかでも人形浄瑠璃・歌舞伎の『仮名手本忠臣蔵』が代表作です。ここでは時代を室町時代に移し、大石内蔵助は大星由良之助、吉良は高師直という名前に変えられています。実際の武家の事件をそのまま舞台にすることをはばかったためと説明されることが多く、十一段目が討ち入りの場面にあたります。
第9話は、表門・裏門からの突入、門に立てた口上書、隣家への申し入れ、清水一学の討ち死に、空の寝所といった史料にある流れに沿って描いています。
そのうえで、集合場所での浪士どうしの会話や表情、雪や月の見え方、白い袖印の形、隣家への口上の言葉、梯子や掛矢を使う一人ひとりの動き、清水一学の戦いぶりは漫画オリジナルです。タイトルにもなった「まだ温かい寝床」と「探せ!」という台詞も、講談の描写をもとにした演出です。
文章で読むと短い場面ですが、二年近く耐えてきた浪士たちの緊張や、主を守ろうとした若い家臣の最期は、絵で見るとまた違って感じられます。『忠臣蔵 ―四十七士、雪の夜の誓い―』は全話無料・会員登録なしで読めるので、事件の始まりから続けて読んでみてください。
元禄15年12月14日の夜に浪士たちが集まり、日付が変わった15日の明け方、午前4時ごろに攻め入りました。旧暦なので、今の暦では翌年の1月末ごろにあたります。
主君の浅野内匠頭が吉良に斬りかかって切腹となったのに、吉良にはおとがめがなかったためです。浪士たちは門に立てた口上書で、主君の無念を晴らすための行いだと述べています。
浪士たちが寝所に踏み込んだときには姿がなく、屋敷中を探すことになりました。最後は物置(炭小屋と伝わる)に隠れているところを見つかります。
広く知られた通説ですが、この記事で参照した史料では確認できていません。芝居の『仮名手本忠臣蔵』では「天」「河」という合言葉になっています。
話の流れは似ていますが、時代を室町時代に移し、大石内蔵助は大星由良之助、吉良は高師直という別の名前になっています。史実の人物名とは分けて考える必要があります。