吉田忠左衛門(吉田兼亮)とは
若い大将を支えた老臣
吉田忠左衛門兼亮(よしだ ちゅうざえもん かねすけ)
吉田忠左衛門(よしだ ちゅうざえもん)とは、赤穂浪士の中でも年長の重臣で、大石内蔵助から厚く信頼された人物です。足軽の寺坂吉右衛門の上役でもありました。
討ち入りでは、裏門の隊の大将となった若い大石主税を支えて、実際の指揮をとりました。討ち入りのあとは、富森助右衛門とともに一行を離れ、大目付の仙石伯耆守のもとへ行って討ち入りを届け出ました。
その後は細川家に預けられ、切腹しました。
登場する話4
第9話
踏み込んだ寝床は、まだ温かかった吉良邸討ち入り
元禄十五年十二月十四日の雪の夜、二年近く耐えてきた浪士たちは本所に集まり、夜明け前に表門と裏門の二手から吉良邸へ攻め入る。隣の屋敷に礼を尽くし、主を守ろうとした若い家臣の死を見届けた彼らが踏み込んだ寝所には、まだ温かい寝床だけが残されていた。
19ページ第10話
追い続けた男は、炭小屋で震えていた吉良邸討ち入り
夜明けが近づいても吉良上野介が見つからない。台所裏の暗い炭小屋で、浪士たちが見つけたのは白い寝間着姿で震える一人の老人だった。1年9か月の追跡が終わった朝、上がったのは勝ちどきではなく、静かな涙だった。
19ページ第11話
かたきの首を掲げて、向かったのは墓泉岳寺への引き揚げ
討ち入りを終えた浪士たちは、仇・吉良上野介の首を槍に掲げ、雪の残る江戸の町を歩いて亡き主君の墓へ向かう。途中で、仲間にもらった干し柿をふところに入れた足軽が一人、黙って列から消える。墓前では大石が初めて涙を見せる。
19ページ第12話
四十七士の墓は、46しかない赤穂浪士の切腹と泉岳寺
討ち入りを終えた四十六人の浪士は四つの大名家に預けられ、細川家の堀内伝右衛門は彼らの話に耳を傾け、やがて大石から息子への一通の文を託される。春の日に下された裁きは切腹だった。年老いた語り部・寺坂が墓前で語り終え、物語は芝居の幕開けへと受け継がれていく。
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