第2話「誰でもない」と名乗った男キュクロプス(ポリュペモス)
シリーズ第2話。一つ目の巨人の洞窟に閉じこめられたオデュッセウスは、名前を捨てる策で生きのびる。だが逃げきった船の上から本当の名を叫んでしまい、海の神への呪いを招く。



















最後まで読んでくれてありがとう!
シリーズ第2話。一つ目の巨人の洞窟に閉じこめられたオデュッセウスは、名前を捨てる策で生きのびる。だが逃げきった船の上から本当の名を叫んでしまい、海の神への呪いを招く。



















最後まで読んでくれてありがとう!
この話のもとになった神話
ホメロスの『オデュッセイア』は、トロイア戦争に勝った英雄オデュッセウスが、故郷イタケへ帰るまでの長い旅をえがいた古代ギリシアの叙事詩です。戦争に十年、帰りの旅に十年かかり、家を出てから二十年目にようやく帰りつきます。
一つ目の巨人キュクロプスの話は、その第9歌にあります。旅の途中でパイアケス人の国にたどり着いたオデュッセウスが、王アルキノオスの館で「自分はこんな目にあった」と語る思い出話の一つです。つまりこの場面は、主人公が自分の口で語る冒険談になっています。
オデュッセウスの船団は、掟も話し合いの場も持たず、耕さなくても麦やぶどうが育つキュクロプスたちの国に着きます。沖の小島で山羊を狩ったあと、オデュッセウスは自分の船だけで本土へ渡り、選んだ十二人の部下と、神官マローンからもらったとても強い酒を持って、大きな洞窟に入りました。部下は「チーズと子羊を取ってすぐ逃げよう」と言いますが、彼はここの主から客への贈り物をもらえるかもしれないと考え、居残ってしまいます。
帰ってきた巨人ポリュペモスは、荷車二十二台でも動かせない大岩で入口をふさぎ、「ゼウスなど恐れない」と言って部下を二人ずつ食べてしまいます。眠っている巨人を剣で刺そうにも、殺してしまえば大岩を動かせず、全員が洞窟から出られなくなります。そこでオデュッセウスは、巨人のオリーブの棍棒から杭を作って火で焼き固め、酒で巨人を酔わせて「わが名はウーティス(誰でもない)」と名乗りました。そして眠りこんだ巨人の目を、焼いた杭で突きつぶします。
叫び声を聞いて近所のキュクロプスたちが集まりますが、「誰でもない者がやった」と聞くと、神の下した病だろうと言って帰ってしまいます。翌朝、部下たちは三頭ずつ並べた牡羊の腹の下に、オデュッセウスは一番立派な牡羊の腹の下にしがみつき、外へ出る羊にまぎれて脱出しました。
ところが船で逃げる途中、オデュッセウスは止める部下を振りきって巨人をあざけり、自分の本当の名前と故郷を叫んでしまいます。巨人は父である海の神ポセイドンに「あの男が故郷に帰れないように。帰るとしても仲間を失い、遅れて、つらい目にあうように」と祈り、ポセイドンはその願いを聞き入れました。これが、この先の長い苦難の旅につながっていきます。
オデュッセウスは、知恵と策略にすぐれたイタケの王です。それでも好奇心から部下の忠告を聞かずに災いを招き、最後は誇りをおさえきれずに名前を明かしてしまいます。賢さと弱さの両方を持った人物として描かれています。
ポリュペモスは、仲間から離れて一人で暮らす羊飼いの巨人で、ポセイドンの子です。子羊を年ごとに分けて育て、チーズを作るきちょうめんな一面がある一方、客の掟を踏みにじって人を食べます。目をつぶされたあと、お気に入りの牡羊に悲しげに話しかける場面もあります。洞窟に入った十二人の部下は、原典では一人も名前で呼ばれていません。
古代ギリシアでは、旅人を家に迎え、食事や贈り物でもてなすことが大切な掟とされ、その掟はゼウスが守っていると考えられていました。オデュッセウスが「客を守るゼウスを敬え」と頼んだのに、巨人が人を食べたのは、この掟を真っ向から破る行いでした。キュクロプスは、その反対の姿として描かれているともいえます。
名前も大事なテーマです。「誰でもない」と名を捨てたことで命が助かり、本当の名を名乗ったことで呪いを受けました。ギリシア語では「誰でもない」という言葉が「知恵(メーティス)」という語と響き合うため、知恵で勝ったことを表す言葉遊びになっている、という読み方もあります。
漫画では、原典で名前のない十二人の部下に、顔や年齢、名前、性格をつけて描き分けています。巨人の額の真ん中に大きな目が一つある姿も、よく知られたイメージにもとづく絵の工夫です。原典は「目」と言うだけで、その位置や形は書いていません。
巨人が人を食べる場面や目をつぶす場面は、影や音、部下の表情で伝え、むごい描写をそのまま絵にはしていません。巨人が留守の間に部下と交わす会話や、名乗る瞬間のオデュッセウスの心の声なども、漫画で足した部分です。「誰でもない」の言葉遊びも、日本語で楽しめるように表し方を工夫しています。
Manga Portalの『オデュッセイア ―二十年目の帰還―』は、全話無料、会員登録なしで読めます。第2話では、閉じこめられた洞窟の息苦しさや、羊の腹の下で息をひそめる脱出の緊張を、絵で味わえます。あらすじを知ったうえで読むと、オデュッセウスが名前を叫んでしまう場面の重さがよくわかるはずです。続きの旅もあわせて、ぜひ読んでみてください。
一つ目の巨人ポリュペモスの洞窟に閉じこめられたオデュッセウスが、酒で巨人を酔わせて目をつぶし、羊の腹の下にしがみついて逃げる話です。『オデュッセイア』第9歌で、オデュッセウス自身が語っています。
目をつぶされた巨人が助けを呼んでも、「誰でもない者にやられた」としか言えないようにするためです。実際に、駆けつけた仲間のキュクロプスたちは事情がわからず帰ってしまいました。
逃げる船の上から、オデュッセウスが自分の本当の名前と故郷を名乗ってあざけったからです。ポリュペモスは父ポセイドンに、オデュッセウスが故郷に帰れないよう、帰るとしても仲間を失ってつらい目にあうよう祈りました。
『オデュッセイア』では「目」と言うだけで、位置や形は書かれていません。額の真ん中に一つ目というのは、広く知られたイメージにもとづく姿です。
部下は「チーズと子羊を取ってすぐ逃げよう」と言いましたが、オデュッセウスは巨人に会って、客としての贈り物をもらえるか確かめたかったのです。この判断が災いを招いたことは、本人も認めています。