第5話最強の英雄が、死んでから言ったこと冥界下り(ネキュイア)
シリーズ第5話。光の届かない世界の果てで死者を呼んだオデュッセウスは、亡き母を前にしても剣を下ろさず、先に予言者へ血を飲ませる。三度すり抜ける母の影と英雄たちの本音を胸に、彼は生きて帰る意味を知る。



















最後まで読んでくれてありがとう!
誘惑に勝つ方法は「意志の強さ」ではなく「自分を縛っておくこと」。2800年前の行動経済学。
シリーズ第5話。光の届かない世界の果てで死者を呼んだオデュッセウスは、亡き母を前にしても剣を下ろさず、先に予言者へ血を飲ませる。三度すり抜ける母の影と英雄たちの本音を胸に、彼は生きて帰る意味を知る。



















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誘惑に勝つ方法は「意志の強さ」ではなく「自分を縛っておくこと」。2800年前の行動経済学。
この話のもとになった神話
『オデュッセイア』は、トロイア戦争のあと故郷イタケーへ帰ろうとする英雄オデュッセウスの物語です。第11歌は、彼が生きたまま死者の霊を呼び出す場面で、古くから「ネキュイア」(死者を呼ぶ儀式)と呼ばれてきました。
この話は、オデュッセウスがパイエーケス人の王アルキノオスの館で、自分の旅をふり返って語る回想(第9〜12歌)の一部です。魔女キルケーから「帰り道を知りたければ、予言者テイレシアースの霊に聞け」と教えられたことが始まりです。
船は大洋オーケアノスの果て、霧に包まれて日の光が届かないキンメリオイ人の国に着きます。オデュッセウスは穴を掘り、蜜を混ぜた乳、ぶどう酒、水を注いで大麦をまき、羊の血を流しました。すると花嫁や若者、老人、戦で死んだ兵士の霊が叫びながら集まり、彼は青ざめるほどおびえます。それでも剣を抜いて座り、テイレシアースより先にはどの霊も血に近づけませんでした。
最初に来たのは、キルケーの館の屋根から落ちて死んだ仲間エルペーノールです。まだ葬られていなかった彼は、火葬して海辺に塚を築き、漕いでいた櫂を立ててほしいと頼みます。次に母アンティクレイアの霊が現れ、オデュッセウスは泣きながらも、母を血に近づけません。
やがてテイレシアースが血を飲み、こう告げます。海の神ポセイドーンは息子の目をつぶされたことを恨んでいる。けれども太陽神ヘーリオスの牛に手を出さなければ帰れる。家では求婚者たちが財産を食いつぶしているので、彼らを討ったあと、櫂をかついで海を知らない人々の国まで旅をし、神に生贄を捧げよ。最後は穏やかな老年のうちに死が訪れる、と。
血を飲んだ母は息子に気づき、妻ペーネロペーは泣き暮らし、父ラーエルテースは田舎で息子を待ちながら老いていると伝えます。そして自分が死んだのは病のせいではなく、おまえを恋しく思う気持ちのせいだったと語りました。オデュッセウスは三度抱きしめようとしますが、母は影や夢のようにすり抜けてしまいます。
そのあと、名高い女性たちの霊に続いて、帰国直後に妻と愛人に殺された総大将アガメムノーンが現れます。トロイア戦争最強の英雄アキレウスは「死者の王でいるより、地上で貧しい人に雇われて働くほうがいい」と嘆き、息子の活躍を聞くと喜んで去ります。武具争いでオデュッセウスに敗れたアイアースは、呼びかけに一言も答えず去りました。最後は押し寄せる無数の霊を恐れて船へ逃げ帰り、第12歌の初めでキルケーの島に戻って、約束どおりエルペーノールを葬り、塚に櫂を立てます。
古代ギリシアでは、死者をきちんと弔うことがとても大切だと考えられていました。エルペーノールが「葬られないと神々の怒りを招く」と訴えるのは、その考え方を映しています。また、ここで描かれる死者は体を持たない影のような存在で、血を飲んで初めて正しく話せます。死後の世界が楽しい場所としては描かれていないのが特徴です。
とくに有名なのがアキレウスの言葉です。『イーリアス』では短くても名誉ある生き方を選んだ英雄が、死んだあとで「生きていることのほうが大事だ」と言うため、栄光と命のどちらが大切かを考えさせる場面として、よく話題になります。なお、テイレシアースが予言した櫂をかつぐ最後の旅は、『オデュッセイア』の中では実際には語られません。「死は海から来る」とも「海から遠く離れたところで来る」とも読める言い回しで、解釈が分かれています。
原典には、霧の国の景色や霊の姿について細かい説明はほとんどありません。漫画では、光のない世界の暗さ、霊の透け方や表情、仲間たちのおびえなどを絵で補っています。血の描き方は、怖すぎないように調整しています。
名高い女性たちの列や、王の館へ話が戻る場面など長い部分は短くまとめ、予言や母の言葉は意味を変えずに分かりやすい台詞にしています。母を前にしても剣を下ろさない姿や、三度すり抜ける母の影は原典どおりです。そこから「生きて帰る意味を知る」というテーマを浮かび上がらせたのは、漫画ならではの読み方です。
Manga Portal の『オデュッセイア ―二十年目の帰還―』は全話無料で、会員登録なしで読めます。第5話では、母の影に手が届かない場面や、アキレウスが本音を語る場面を、絵の迫力とともに味わえます。あらすじを知ったうえで読むと、オデュッセウスの涙の重みがいっそう伝わるはずです。
ホメーロス『オデュッセイア』第11歌で、オデュッセウスが生きたまま死者の霊を呼び出し、話を聞く場面です。帰り道を知るため、予言者テイレシアースに会うのが目的でした。
ヘーリオスの牛に手を出さなければ帰国できること、家を荒らす求婚者たちのこと、櫂をかついで海を知らない国へ行く最後の旅、そして穏やかな老年の死です。死が「海から来る」のか「海から離れて来る」のかは、読み方が分かれています。
死者すべての王になるより、地上で貧しい人に雇われて働くほうがいいと嘆きました。その後、息子ネオプトレモスの活躍を聞いて喜び、去っていきます。
母アンティクレイア本人が、病気でも女神の矢でもなく、帰らない息子を恋しく思う気持ちのせいで死んだと語っています。
アキレウスの武具をめぐる争いでオデュッセウスに敗れ、その恨みを抱えていたからです。オデュッセウスがやさしく話しかけても、一言も答えずに去りました。