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第8話「本物だ」と言うほど狐に見える東海道中膝栗毛(御油の松並木の狐)

足を痛めて一人で夜の松並木を歩いた弥次さんは、先に行ったはずの喜多さんに出会う。やけに親切なその相棒を「狐が化けた偽物だ」と縛り上げ、宿まで引いていくが、身の証を立てようとするほど疑いは深まるばかり。

19ページ全話無料・会員登録なし

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次回予告 · 制作中第9話 第9話 七里の渡し、船の上の大ピンチ

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この話のあらすじ

東海道を西へ旅する弥次郎兵衛と喜多八は、御油(ごゆ)の手前で別々に歩くことになり、喜多八が先に行きます。日が暮れるころ、ひとりで御油に着いた弥次は茶店に立ち寄り、店の老婆から思わぬ話を聞かされます。この先、赤坂までの松並木には悪い狐が出て、旅人を化かすというのです。 おびえながら暗い並木道を進む弥次の前に現れたのは、先に行ったはずの喜多八でした。ところが弥次は、これを喜多八に化けた狐だと思い込みます。喜多八がいくら本人だと言っても聞き入れず、打ちすえて縛り上げ、しっぽを出せと責め立てます。

原典東海道中膝栗毛 ―弥次さん喜多さん珍道中― — 日本 · 享和2年〜文化11年(1802〜1814年)

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この話のもとになった物語

東海道中膝栗毛のあらすじ|御油の松並木の狐騒動と弥次喜多の勘違い

ひとことで言うと: 御油の松並木の狐騒動は、狐の話におびえた弥次郎兵衛が、道で出会った相棒の喜多八を狐の化けた偽物だと思い込み、縛り上げて赤坂の宿まで引いていく、『東海道中膝栗毛』の笑い話です。喜多八がいくら本人だと言っても信じてもらえず、宿の人まで巻き込む騒ぎになりますが、最後は本物と分かり、弥次の勘違いと臆病が笑いの種になります。

原典のあらすじ:御油の松並木の狐騒動

東海道を西へ旅する弥次郎兵衛と喜多八は、御油(ごゆ)の手前で別々に歩くことになり、喜多八が先に行きます。日が暮れるころ、ひとりで御油に着いた弥次は茶店に立ち寄り、店の老婆から思わぬ話を聞かされます。この先、赤坂までの松並木には悪い狐が出て、旅人を化かすというのです。

おびえながら暗い並木道を進む弥次の前に現れたのは、先に行ったはずの喜多八でした。ところが弥次は、これを喜多八に化けた狐だと思い込みます。喜多八がいくら本人だと言っても聞き入れず、打ちすえて縛り上げ、しっぽを出せと責め立てます。

弥次は縛った喜多八を引き立てて赤坂の宿に着きますが、それでも疑いは晴れず、宿の者まで巻き込む騒ぎになります。結局、相手は本物の喜多八だと分かり、弥次の勘違いと臆病ぶりが笑いの種となって話は決着します。

『東海道中膝栗毛』とはどんな作品か

『東海道中膝栗毛』は、十返舎一九(じっぺんしゃいっく)が書いた江戸時代の滑稽本です。滑稽本とは、笑いを楽しむための読み物のこと。享和2年(1802)に初編が出たあと、文化年間にかけて続編が刊行されました。御油から赤坂にかけての狐騒動は、その四編に出てくる話です。

主人公は江戸の町人の弥次郎兵衛と、その連れの喜多八。洒落や狂歌を飛ばしながら旅をしては、行く先々で失敗や騒動を起こします。「膝栗毛」とは、自分の膝を馬の代わりにして歩く旅という意味の言葉です。この二人の名前から、にぎやかで失敗だらけの旅を「弥次喜多道中」と呼ぶようにもなりました。

弥次はなぜ狐を信じたのか(文化・時代の背景)

狐が人を化かすという話は、昔の日本で広く語られてきました。この騒動も、読者が「狐は人に化けるもの」という言い伝えを知っているからこそ笑える話です。街灯のない時代、日が暮れた後の並木道は今よりずっと暗く、知らない土地を一人で歩く旅人には心細いものだったでしょう。そこへ土地の人から「狐が出る」と聞かされれば、弥次でなくても少しは怖くなるはずです。

舞台の御油と赤坂は東海道の宿場町で、今の愛知県豊川市にあたります。御油の松並木は今も残り、国の天然記念物に指定されています。物語の舞台を実際に歩ける場所でもあります。

この話の笑いどころと伝わってくること

この話のおもしろさは、一度生まれた疑いがどんどんふくらんでいくばかばかしさにあります。弥次は「狐だ」と決めてしまうと、喜多八の言葉も必死な態度も、すべて狐の芝居に見えてしまいます。本物だと言えば言うほど疑われるのですから、喜多八にとってはたまったものではありません。

普段は一緒に騒ぎを起こす二人ですが、ここでは弥次が加害者、喜多八が被害者です。老婆のひと言で信じ込み、相手の話を聞かずに乱暴に走る弥次の姿は、思い込みの危うさを笑いで見せているとも読めます。ただ、作者がそうした教訓を込めたのかどうかは分かりません。まずは江戸の読者と同じように、大いに笑ってよい話です。

漫画版で変えたところ

上のあらすじは原典の流れをまとめたものですが、漫画版には創作や演出も加えています。弥次が足を痛めて一人で歩く事情や、喜多さんのやけに親切な様子は、漫画の筋立てとして描いた部分です。原典にどこまで同じ記述があるかは、ここでは断定しません。

暗い松並木の場面では、風の音や影、幻想のようなコマで弥次の恐怖をふくらませ、喜多さんの表情がゆがんだり、影に尾が見えたりする表現で、弥次の目に映る世界を描きます。老婆の語り口や怪談の怖さの加減も漫画の工夫です。宿の人の名前や性格、本物と分かる決め手、その後の仲直り、話の前後の短いギャグも、原典で確かめられない部分は漫画の創作で補っています。海外の読者に向けて、狐の化かしを短く説明する工夫も入れています。

漫画で読むには

昔の言葉で読むと少し難しい『東海道中膝栗毛』も、漫画なら弥次の青ざめた顔や喜多さんの困り顔を目で追いながら、テンポよく楽しめます。Manga Portal の『東海道中膝栗毛 ―弥次さん喜多さん珍道中―』は全話無料で、会員登録なしで読めます。第8話「「本物だ」と言うほど狐に見える」で、二人のかみ合わない夜をのぞいてみてください。気に入ったら、ほかの話の旅にも付き合ってみるのはいかがでしょうか。

この話の登場人物

弥次郎兵衛(やじろべえ)
江戸・神田八丁堀に住む中年の町人で、この話では老婆の話から狐を信じ込み、勘違いの騒ぎを起こす張本人です。
喜多八(きたはち)
弥次より若い旅の連れで、この話では狐の偽物と疑われ、本人だと訴えても信じてもらえず縛られてしまいます。
茶店の老婆(ちゃみせのろうば)
御油の茶店の者で、この先の松並木に狐が出ると弥次に教え、騒動のきっかけを作ります。
赤坂の宿の人々(あかさかのやどのひとびと)
縛られた喜多八を連れた弥次が着いた宿場の人たちで、騒ぎに巻き込まれます。

よくある質問

『東海道中膝栗毛』はどんな話?

江戸の町人の弥次郎兵衛と喜多八が、東海道を歩いて旅をしながら、行く先々で失敗や騒動を起こす笑いの物語です。作者は十返舎一九で、享和2年(1802)に初編が出ました。

御油の松並木の狐の話のあらすじは?

茶店の老婆から狐の話を聞いておびえた弥次が、松並木で出会った喜多八を狐の化けた偽物と思い込み、縛って赤坂の宿まで引いていく話です。最後は本物の喜多八と分かり、弥次の勘違いが笑いの種になります。

弥次さん喜多さんは実在の人物?

二人は、十返舎一九の作品に登場する物語の中の人物です。作品が広く親しまれたことから、にぎやかで失敗の多い旅を「弥次喜多道中」と呼ぶようにもなりました。

「膝栗毛」とはどういう意味?

自分の膝を栗毛の馬の代わりにして、歩いて旅をするという意味の言葉です。作品名の通り、二人が徒歩で東海道を進む旅を表しています。

御油の松並木はどこにある?

今の愛知県豊川市にあり、東海道の宿場町だった御油と赤坂の間に続いています。今も松並木が残り、国の天然記念物に指定されています。

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