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第2話知ったかぶりで、風呂に下駄で入った男五右衛門風呂

宿の五右衛門風呂の入り方を知らないのに「そんなの常識よ」と見栄を張った弥次さん。下駄ばきでこっそりごまかしたのを相棒の喜多さんが真似して、200年前の「初めての風呂」は大失敗に終わる。

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次回予告 · 制作中第3話 第3話 箱根越え、三島で一文無し

旅先で優しくしてくる人には要注意。江戸時代の『旅の詐欺師』の手口

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この話のあらすじ

『東海道中膝栗毛』は、江戸時代の作家・十返舎一九(じっぺんしゃいっく)が書いた、こっけいな旅の物語です。初編は享和2年(1802年)に出て大評判となり、その後も続編が次々に書かれました。 「膝栗毛」とは、自分の膝を栗毛の馬の代わりにする、つまり馬に乗らずに歩いて旅をすることです。主人公は江戸の神田八丁堀に住む弥次郎兵衛(弥次さん)と、その家の居候の喜多八(喜多さん)。二人は厄落としを兼ねて伊勢参りに出かけ、東海道を西へ歩きながら、行く先々で失敗やいたずらをくり返します。弥次さん喜多さんの名前は、今でも「仲よしの珍道中コンビ」の代名詞として使われています。

原典東海道中膝栗毛 ―弥次さん喜多さん珍道中― — 日本 · 享和2年〜文化11年(1802〜1814年)

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この話のもとになった物語

東海道中膝栗毛のあらすじ|弥次さん喜多さん、五右衛門風呂の下駄騒ぎ

ひとことで言うと: 五右衛門風呂の下駄騒ぎは、小田原の宿で風呂の入り方を知らない弥次郎兵衛が下駄をはいてごまかし、それを真似した喜多八が釜の底を踏み抜いて大騒ぎになる話です。二人は修理代を払うことになり、小田原を発ちます。江戸時代の十返舎一九『東海道中膝栗毛』初編(1802年刊)でいちばん有名な場面の一つです。

『東海道中膝栗毛』とはどんな作品?

『東海道中膝栗毛』は、江戸時代の作家・十返舎一九(じっぺんしゃいっく)が書いた、こっけいな旅の物語です。初編は享和2年(1802年)に出て大評判となり、その後も続編が次々に書かれました。

「膝栗毛」とは、自分の膝を栗毛の馬の代わりにする、つまり馬に乗らずに歩いて旅をすることです。主人公は江戸の神田八丁堀に住む弥次郎兵衛(弥次さん)と、その家の居候の喜多八(喜多さん)。二人は厄落としを兼ねて伊勢参りに出かけ、東海道を西へ歩きながら、行く先々で失敗やいたずらをくり返します。弥次さん喜多さんの名前は、今でも「仲よしの珍道中コンビ」の代名詞として使われています。

元の話のあらすじ ―小田原の宿の五右衛門風呂

江戸を出た二人は、品川から東海道を下り、宿場ごとに小さな失敗をしたり、狂歌(こっけいな和歌)を詠んだりしながら小田原の宿に着きます。

その宿の風呂は「五右衛門風呂」でした。鉄の釜を下から直接火で焚く風呂で、湯に浮いている底板を足で踏み沈め、その上に乗って入ります。ところが弥次さんはこの入り方を知りません。浮いている板を蓋だと思って外してしまい、熱い釜の底で足をやけどしそうになります。

困った弥次さんは、近くにあった下駄をはいて湯に入り、何事もなかったような顔で上がってきます(この下駄を便所の下駄とする読み方もあります)。しかも喜多さんには入り方を教えず、知ったかぶりを通しました。

次に入った喜多さんも、やはり熱くて入れません。そこで下駄を見つけて真似をします。ところが湯の中で下駄のまま動いているうちに、釜の底を踏み抜いてしまいます。湯は流れ出し、宿じゅうが大騒ぎに。二人は宿の亭主にとがめられて釜の修理代を払うはめになり、ばつの悪い思いで小田原を発って箱根へ向かいます。

この話が伝えていること(時代の背景)

この話の笑いの中心は「知ったかぶり」です。知らないと言えば済むのに、見栄を張ってごまかし、しかも相棒には黙っている。その結果、もっと大きな失敗が起きてしまう。人間の小さな見栄や意地悪さは、200年前も今もあまり変わらないことがわかります。

江戸時代の後半は、伊勢参りなどの旅が庶民のあいだで盛んになった時代です。土地によって風呂や食べ物、言葉が違い、江戸っ子の二人にとっては初めて見るものばかりでした。五右衛門風呂は、江戸の町の銭湯とは仕組みが違ったため、こうした勘違いの笑いが生まれたと考えられます。

なお「五右衛門風呂」という名前は、盗賊の石川五右衛門が釜ゆでの刑にされたという話にちなむ、といわれています。

漫画版で変えたところ・足したところ

原典にある大きな流れ(弥次さんが板を外して下駄で入る、喜多さんが真似して底を踏み抜く、修理代を払う)は、そのまま描いています。

一方で、原典が細かく書いていない部分は漫画で想像して補いました。たとえば、宿屋や風呂場の様子、宿の亭主や女中の見た目と性格、弥次さんが黙っているときの表情や心の声、底が抜けた瞬間の音や湯があふれる様子などです。弥次さんが下駄を隠して喜多さんを困らせるといった流れも、原典の読み方の一つとして演出に取り入れたもので、細部は漫画の創作です。

また、海外の読者にも伝わるように、五右衛門風呂の仕組みを図で見せるコマを足しています。弥次さん喜多さんの姿は、旅の笠や振り分け荷物など、江戸時代の旅人の姿を参考に新しくデザインしました。

漫画で読むには

文章で読むと「下駄で風呂に?」と不思議に思うかもしれませんが、漫画で見ると、浮いた板や熱い釜の様子がひと目でわかり、二人のあわてぶりに思わず笑ってしまいます。

Manga Portal の『東海道中膝栗毛 ―弥次さん喜多さん珍道中―』は、全話無料で、会員登録なしで読めます。この第2話を読んだら、ぜひ二人の旅の続きも追いかけてみてください。

この話の登場人物

弥次郎兵衛(やじろべえ)
江戸・神田八丁堀に住むお調子者で、風呂の入り方を知らないのに知ったかぶりをして下駄でごまかす主人公。
喜多八(きたはち)
弥次さんの家の居候で旅の相棒。弥次さんの真似をして下駄で風呂に入り、釜の底を踏み抜いてしまう。
小田原の宿の亭主(ていしゅ)
二人が泊まった宿の主人。壊された釜のことで二人をとがめ、修理代を払わせる。
宿の女中・宿の者(じょちゅう)
二人を風呂へ案内し、底が抜けた騒ぎに駆けつける宿の人たち。

よくある質問

東海道中膝栗毛はどんな話?

江戸の弥次郎兵衛と喜多八が、伊勢参りのために東海道を歩いて旅をする、こっけいな物語です。十返舎一九が書き、初編は1802年に出版されました。行く先々での失敗やいたずら、狂歌が見どころです。

弥次さん喜多さんの五右衛門風呂の話とは?

小田原の宿で、五右衛門風呂の入り方を知らない弥次さんが下駄をはいて入り、それを真似した喜多さんが釜の底を踏み抜いてしまう話です。二人は宿の亭主に修理代を払わされます。

五右衛門風呂とはどんな風呂?

鉄の釜を下から直接火で焚く風呂です。釜の底は熱いので、湯に浮かんだ底板を足で踏み沈め、その上に乗って入ります。名前は石川五右衛門の釜ゆでの話にちなむといわれます。

「膝栗毛」とはどういう意味?

自分の膝を栗毛の馬の代わりにすること、つまり馬に乗らず歩いて旅をすることを意味します。作品の題名は、二人の徒歩の旅を表しています。

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