この話のもとになった物語
東海道中膝栗毛のあらすじ|弥次さんが十返舎一九になりすます話とは
ひとことで言うと: 弥次さんの「十返舎一九」なりすましは、伊勢路で狂歌好きの人物に出会った弥次郎兵衛が、見栄を張って自分こそ作者だと名乗り、もてなしを受けたものの狂歌の才を求められてぼろを出し、大恥をかいて退散する話です。十返舎一九の滑稽本『東海道中膝栗毛』五編にある、作者が自分の名前を笑いの種にした一幕です。
『東海道中膝栗毛』とはどんな物語?
『東海道中膝栗毛』は、十返舎一九が書いた滑稽本(笑いを中心にした江戸時代の読み物)で、享和2年(1802)から刊行されました。主人公は、江戸の神田八丁堀に住む弥次郎兵衛と、居候の喜多八です。二人は東海道を歩いて伊勢参りへ向かい、行く先々で失敗やいたずらを重ねます。「膝栗毛」とは、自分のひざを栗毛の馬の代わりにする、つまり歩いて旅をするという意味の言葉です。
原典のあらすじ:四日市の失敗から「一九」騙りまで
五編で二人は桑名を経て四日市に泊まります。その宿で喜多八は、夜に女性に近づこうとたくらみますが失敗し、暗闇の中で騒ぎを起こして笑いものになります。
その後、二人は日永の追分のあたりで東海道から分かれ、伊勢路に入ります。道中で狂歌好きの人物に出会った弥次郎は、見栄を張って「自分は『膝栗毛』の作者、十返舎一九だ」と名乗ります。相手は喜んで丁重にもてなしますが、作者ならできて当然の狂歌の才を求められ、弥次郎はぼろを出します。結局は偽者と知れ、大恥をかいて退散します。
なお、宿の地名、相手の素性、見破られた決め手、四日市の失敗の細かな中身は、今回の調査では確かめきれていないため、ここでは断定しません。
この話のおもしろさ:物語の中に作者の名前が出てくる
この話の笑いの中心は、登場人物が自分の物語の作者を名乗るという、あべこべな仕掛けにあります。作者の一九は、自分の名前と作品の評判を物語の中に持ち込み、笑いの種にしました。作中で「あの一九先生か」と喜ばれるのは、作者の名が世間に通っているという設定があってこそです。
もう一つのおもしろさは、弥次さんらしさです。弥次郎は軽口と洒落が好きなお調子者で、狂歌をひねるのも好きですが、失敗も少なくありません。つい大きく出てしまい、後から自分の首をしめる姿は、今読んでも身近に感じられるのではないでしょうか。
時代の背景:伊勢参りと狂歌
江戸時代、伊勢神宮へのお参りは庶民にも人気の旅でした。二人が道を分かれた日永の追分は、東海道と伊勢へ向かう道の分かれ目で、今の三重県四日市市にあります。
狂歌は、和歌と同じ五七五七七の形で、しゃれや皮肉を楽しむ歌です。江戸時代の後期には町人の間にも愛好者が広がりました。狂歌好きの相手が作者に歌を期待するのは、こうした時代の空気を思えば自然なことです。だからこそ、詠めない「先生」の苦しさが笑いになります。
漫画版で変えたところ
弥次さんが一九を名乗り、狂歌をきっかけにぼろを出すという骨組みは、原典に沿っています。一方、第10話の涙の歓迎、次々に増える頼みごと、逃げられる裏口を見送る場面、最後に貸本屋がする静かな質問は、原典で確かめられた内容ではなく、漫画の見どころとして読んでください。
相手の名前や外見、職業、家族構成、料理や部屋の様子、弥次さんの表情や言い訳のやり取りも、基本的に漫画で肉付けした部分です。作中の狂歌は海外の読者にも伝わるよう新しく作ったもので、原典の歌とは別物です。四日市の失敗は、露骨にならないよう短いドタバタの笑いにまとめ、仕掛けが伝わるよう案内役や欄外の解説も加えています。
漫画で読むには
「嘘をついた弥次さんは、どこで引き返せたのか」。文章で筋を知ったあとでも、追い詰められていく表情や間は、漫画で読むとまた違ったおかしさがあります。Manga Portal の『東海道中膝栗毛 ―弥次さん喜多さん珍道中―』は全話無料で、会員登録もいりません。まずはこの第10話から、気になったら第1話からの珍道中もどうぞ。
この話の登場人物
- 弥次郎兵衛(やじろべえ)
- 江戸・神田八丁堀に住む見栄っ張りでお調子者の中年男で、この話では十返舎一九を名乗る当人です。
- 喜多八(きたはち)
- 弥次より若い居候で、もとは役者とされる旅の相棒で、四日市の宿で夜の失敗をして笑いものになります。
- 狂歌好きの人物(きょうかずきのじんぶつ)
- 伊勢路で弥次に出会い、一九の名を信じてもてなす相手で、原典での名前や身分は今回の調査では未確認です。
- 十返舎一九(じっぺんしゃいっく)
- 『東海道中膝栗毛』の作者で、この話では弥次に名前を騙られる形で物語の中に名前が出てきます。
よくある質問
弥次さんが十返舎一九を名乗る話は、どこに出てきますか?
『東海道中膝栗毛』の五編で、東海道から分かれて入った伊勢路の場面です。この前には、四日市の宿での喜多八の失敗が語られます。
十返舎一九とはどんな人ですか?
江戸時代後期の作家で、滑稽本『東海道中膝栗毛』の作者です。この作品では、自分の名前まで笑いの種にしています。
狂歌とは何ですか?
五七五七七の形で、しゃれや皮肉を楽しむ歌です。この話では、作者なら詠めるはずの狂歌が、弥次さんのぼろが出るきっかけになります。
弥次さんと喜多さんは、どこへ向かっているのですか?
江戸から東海道を歩いて、伊勢参りに向かっています。第10話の場面では、すでに東海道から分かれて伊勢路に入っています。
漫画に出てくる貸本屋の質問は、原典にもありますか?
原典にあると確認できたものではなく、漫画の見どころとして描いた場面です。原典で弥次さんが偽者と知れることは確かですが、見破られた決め手は今回の調査では確かめきれていません。
漫画を最初から読む(無料)