日本の古典 恋物語 あらすじ
「恋と妖し ―大人の古典夜話―」は、平安時代の『伊勢物語』『源氏物語』『和泉式部日記』『後拾遺和歌集』、平安後期の『今昔物語集』、江戸時代の上田秋成『雨月物語』などから、恋と、その恋が呼びよせる妖しいもの(鬼・生霊・蛇・怨霊・神の声)を描いた話を選んで、一話完結の漫画にしたシリーズです。
伊勢物語からは、身分の高い女を盗み出して蔵で失う「芥川」、手の届かない人になった恋人を思う「月やあらぬ」、三年待った妻のもとに夫が戻る「梓弓」。源氏物語からは、六条御息所が自分から恋を終わらせる野宮の別れと、魂が体を抜け出して葵の上を苦しめる「葵」を描きます。和泉式部の話は、亡き恋人の弟との恋と、貴船の神から返歌が届いた言い伝えの二つです。
雨月物語からは、蛇の化身・真女児に愛される豊雄の「蛇性の婬」、七年ぶりに帰った家で妻が待っていた「浅茅が宿」、裏切られた妻が怨霊になる「吉備津の釜」。さらに、だまされた女が大蛇になって僧を追う道成寺の話(安珍と清姫)もあります。どの話も原典の筋をたどりながら、解説記事で歌の意味や時代の背景、漫画で変えたところまで紹介しています。
あらすじ一覧
第1話「あれは何?」に答えなかった男 ―伊勢物語「芥川」―
漫画のあらすじシリーズ第1話。何年も想いつづけた女と夜の野を駆けた男は、女の「あれは何?」に答えないまま雷雨の蔵の戸口で外を見張りつづけ、夜明けに女を失う。千年前の駆け落ちの夜を描く、答えなかったひとつの問いの物語。
原典では昔、ある男がいました。とても手の届かない身分の女に、何年も想いを伝えつづけていましたが、とうとう女を盗み出し、真っ暗な夜に連れて逃げます。
第2話終わらせると決めた恋に、彼が来た ―源氏物語「賢木」野宮の別れ―
漫画のあらすじシリーズ第2話。伊勢へ下ってこの恋を自分の手で終わらせると決めた女のもとへ、別れの前に男が会いに来てしまう。簾ごしに歌を交わし、一夜を語り明かした女は、引き止めの手紙にも応えず、振り返らずに都を去る。
原典では六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)は、光源氏の年上の恋人です。源氏の正妻・葵の上が亡くなったあと、世間は「次は御息所が正妻に迎えられるのでは」と噂しました。ところが源氏の訪れはかえって途絶え、御息所はつらい思いを抱えます。ちょうど娘が伊勢神宮に仕える「斎宮(さいぐう)」に選ばれたため、御息所は娘について伊勢へ下り、この恋を自分から終わらせようと決めました。
第3話亡くした恋人の弟に、恋をした ―和泉式部日記―
漫画のあらすじシリーズ第3話。愛した人を亡くして一年、心を閉ざしていた女のもとに、その弟の宮から白い橘の花が届く。歌の返事から始まった恋は、うわさと会えない夜を越えて、雪の夜の迎えの車へ。その陰で、黙って屋敷を去る人がいた。
原典では物語は、女が「夢よりもはかない世の中」を嘆きながら暮らしている場面から始まります。愛した故宮(為尊親王)が亡くなって一年近くたった四月十日すぎ、木々の葉が茂って庭が暗くなってきたころ、昔その故宮に仕えていた小舎人童(こどねりわらわ)がたずねてきます。少年は今は故宮の弟の帥宮に仕えていると話し、宮からの贈り物として橘の花を差し出しました。
第4話傘を貸した日から、彼女は離れない ―雨月物語「蛇性の婬」―
漫画のあらすじシリーズ第4話。雨の日、気の弱い青年トヨオは、ずぶ濡れの美しい女マナゴに古い傘を貸す。ひたむきに愛してくれる彼女は、人ではなかった。逃げつづけた青年は、自分のせいで人が死んだのを見て、愛した相手との別れを自分の手で引き受ける。
原典では「蛇性の婬(じゃせいのいん)」は、江戸時代の作家・上田秋成が安永5年(1776年)に出した怪異小説集『雨月物語』の巻之四に収められた物語です。全九話の中でいちばん長い一編で、美しい女の姿をした蛇に愛された青年の運命を描いています。
第5話再婚の夜、戸を叩いたのは夫 ―伊勢物語「梓弓」―
漫画のあらすじシリーズ第5話。都へ出た夫を三年待った女は、ずっと支えてくれた人と夫婦になると約束する。その夜、戸を叩いたのは、帰ってきた夫だった。
原典では昔、片田舎に一人の男が住んでいました。男は宮仕え、つまり都で朝廷などに仕える仕事をするために旅立つことになり、一緒に暮らしていた女と別れを惜しみながら出ていきます。ところが男は、三年たっても帰ってきませんでした。
第6話眠るたび、夢で知らない女を打つ ―源氏物語「葵」(六条御息所)―
漫画のあらすじシリーズ第6話。祭の日、恋人ゲンジに気づかれもせず、その妻の家来たちに人前で恥をかかされた誇り高い女ミヤスドコロ。その夏、ゲンジの妻を苦しめる霊がひとつだけ離れず、彼女は眠るたびに同じ夢を見る。
原典では帝が位を譲って新しい時代になり、光源氏は大将になります。新しく賀茂の斎院に選ばれた姫君が、川で身を清める「御禊」の日、源氏も行列に加わることになり、都じゅうの人が見物に集まりました。源氏の恋人である六条御息所も、身分を隠して地味な網代車でこっそり来ていました。
第7話七年ぶりの家に、灯がともっていた ―雨月物語「浅茅が宿」―
漫画のあらすじシリーズ第7話。「秋には必ず帰る」と妻に約束して京へ商いに出た男は、帰れない理由が重なるうちに七年を過ごしてしまう。草に埋もれた故郷で、彼の家にだけ灯がともっていた。
原典では舞台は室町時代の下総国葛飾郡、真間の郷(いまの千葉県市川市のあたり)。勝四郎は豊かな家に生まれましたが、畑仕事を嫌ったせいで家は貧しくなり、親族からも軽く見られていました。家を立て直そうと、勝四郎は残りの田を売って絹を仕入れ、京の商人・雀部曽次と一緒に京へ商いに行くと決めます。
第8話ある夜、恋人が手の届かない人になった ―伊勢物語「月やあらぬ」―
漫画のあらすじシリーズ第8話。去年の梅の季節に毎晩通った人が、ある夜突然、手の届かない所へ移ってしまった。一年後の同じ梅の夜、男はもう一度その部屋に入る。
原典では昔、都の東の五条に、大后の宮(おおきさいのみや)と呼ばれる方のお屋敷がありました。その屋敷の「西の対(にしのたい)」という建物に、ひとりの女が住んでいました。この女を心から深く想う男がいて、思うようにはいかない形ではありましたが、女のもとを訪ねていました。
第9話四十二夜、戸を開けてはいけない ―雨月物語「吉備津の釜」―
漫画のあらすじシリーズ第9話。婚礼の前の占いで、釜は鳴らなかった。夫にだまされて真心を踏みにじられた妻イソラは、四十二夜のあいだ、夫ショウタロウがこもる戸の外で待ちつづける。
原典では舞台は吉備国(いまの岡山県)。井沢庄太夫の息子・正太郎は農業をきらい、酒と女遊びにふけっていました。両親は「よい嫁をもらえば落ち着くだろう」と考え、吉備津神社の神主・香央造酒の娘、磯良との縁談を進めます。香央家が吉凶を占う御釜祓いをすると、吉なら牛がほえるように鳴るはずの釜が、虫の声ほどの音も立てませんでした。それでも香央の妻がとりなし、婚礼は行われます。
第10話やさしい嘘が、大蛇を生んだ ―道成寺(安珍と清姫)―
漫画のあらすじシリーズ第10話。ひとりで家を守る女の思いを、若い僧は「帰りに必ず寄ります」というやさしい嘘でかわし、別の道で去った。待ちつづけた女は大蛇となって追い、寺の鐘に巻きつく――嘘をついた側も、怨んだ側も、最後に祈りでほどかれていく夜話。
原典では熊野へお参りに行く二人の僧がいました。一人は年老いた僧、もう一人は若くて見た目のよい僧です。二人は紀伊国の牟婁郡(いまの和歌山県南部)で、夫を亡くした女の家に泊めてもらいます。女は若い僧に一目で心をひかれ、夜、寝ているそばへ来て思いを打ち明けました。若い僧は「熊野へ参るために身を清めている途中だから」と断り、お参りの帰りに必ず思いに応えると約束します。
第11話恋の歌に、闇が返事をした ―和泉式部「貴船の蛍」―
漫画のあらすじシリーズ第11話。来なくなった人を待ちつづける歌びとの女は、夏の夜、待つ部屋を捨てて北の山の沢へ向かう。闇いっぱいの蛍に自分の魂を見て歌を詠むと、闇の奥から、誰かの声で返事が来た――千年前の恋の歌と、差出人の分からない返歌の話。
原典ではこの話は、1086年に藤原通俊がまとめて天皇に差し出した『後拾遺和歌集』の、神さまにかかわる歌を集めた「神祇」の部に入っています。歌の前に置かれた説明文(詞書)によると、和泉式部は、男に忘れられていた頃、つまり恋人が通ってこなくなっていた頃に、都の北の山にある貴布禰の社へお参りしました。そこで御手洗川に蛍が飛んでいるのを見て、一首の歌を詠みます。