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第1話「あれは何?」に答えなかった男伊勢物語「芥川」

シリーズ第1話。何年も想いつづけた女と夜の野を駆けた男は、女の「あれは何?」に答えないまま雷雨の蔵の戸口で外を見張りつづけ、夜明けに女を失う。千年前の駆け落ちの夜を描く、答えなかったひとつの問いの物語。

19ページ全話無料・会員登録なし

ひとことで言うと: 伊勢物語第6段「芥川」は、身分の高い女を盗み出して夜の野を逃げた男が、雷雨の夜に荒れた蔵で鬼に女を一口で食べられてしまい、夜明けに露の歌を詠んで嘆く、『伊勢物語』(平安時代前期・作者未詳)の物語です。物語の最後には、「鬼」とは実は女を取り返した兄たちのことだった、という種明かしが書き添えられています。

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次回予告 · 制作中第2話 野宮 ―別れの朝―

「別れるために、会いに来たのですね」――千年前、いちばん美しい“最後の夜”。『源氏物語』で最も大人な別れの場面。

この作品はここまで。次はこちらもどうぞ

この話のあらすじ

昔、ある男がいました。とても手の届かない身分の女に、何年も想いを伝えつづけていましたが、とうとう女を盗み出し、真っ暗な夜に連れて逃げます。 芥川という川のほとりを行くとき、女は草の上で光る露を見て「かれは何ぞ(あれは何?)」とたずねます。けれど道はまだ遠く、夜も更けていました。そこへ雷がはげしく鳴り、雨も強く降ってきます。男は、そこが鬼の住む場所とも知らずに、荒れはてた蔵の奥へ女を入れ、自分は弓と胡簶(やなぐい。矢を入れて背負う道具)を背負って戸口に座り、早く夜が明けてほしいと願いながら見張りました。 ところがそのあいだに、鬼が女をひと口で食べてしまいます。

原典恋と妖し ―大人の古典夜話― — 日本 · 平安時代(10〜12世紀。伊勢物語・源氏物語・和泉式部日記・今昔物語集)と江戸時代(1776年。雨月物語)。根拠にする刊本は1610〜1930年の刊行

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この話のもとになった神話

伊勢物語「芥川」のあらすじ|鬼一口と露の歌の意味

元の物語のあらすじ

昔、ある男がいました。とても手の届かない身分の女に、何年も想いを伝えつづけていましたが、とうとう女を盗み出し、真っ暗な夜に連れて逃げます。

芥川という川のほとりを行くとき、女は草の上で光る露を見て「かれは何ぞ(あれは何?)」とたずねます。けれど道はまだ遠く、夜も更けていました。そこへ雷がはげしく鳴り、雨も強く降ってきます。男は、そこが鬼の住む場所とも知らずに、荒れはてた蔵の奥へ女を入れ、自分は弓と胡簶(やなぐい。矢を入れて背負う道具)を背負って戸口に座り、早く夜が明けてほしいと願いながら見張りました。

ところがそのあいだに、鬼が女をひと口で食べてしまいます。女は「あなや(ああっ)」と叫びましたが、雷の音にかき消されて男には聞こえませんでした。夜が明けて見ると、女の姿はありません。男は足をばたつかせて泣きましたが、どうにもなりませんでした。そして「白玉か何ぞと人の問ひし時露と答へて消えなましものを」と詠みます。「あの人が『あれは真珠か何か』とたずねたとき、『露だよ』と答えて、自分も露のように消えてしまえばよかった」という悲しみの歌です。この場面から、のちに「鬼一口」という言葉でも知られるようになりました。

最後に書かれた「種明かし」

この段の後ろには、もう一つの説明がついています。じつはこれは、二条の后(にじょうのきさき)がまだとても若く、いとこの女御のそばにいたころの話でした。美しい人だったので男が背負って連れ出しましたが、兄の堀河の大臣(藤原基経)と長男の国経の大納言が、内裏へ向かう途中で泣き声を聞きつけ、女を取り返したのです。その兄たちのことを「鬼」と言ったのだ、と書かれています。

つまり「芥川」は、こわい鬼の話として読むこともできるし、身分違いの恋が引き裂かれた話を鬼にたとえたものとして読むこともできる、二重の物語になっています。

この物語が伝えていること(時代の背景)

『伊勢物語』は、歌を中心にした短いお話(歌物語)を集めた作品で、多くの段が「昔、男ありけり」で始まります。本文では主人公はただ「男」と呼ばれるだけですが、平安時代の歌人・在原業平がモデルだとする見方が昔から広く知られています。ただし第6段の本文に業平の名前は出てきません。二条の后は、のちに清和天皇の后となった藤原高子のことだとされます。

平安時代の貴族の娘は、ふだん屋敷の奥で暮らし、夜の野に出ることはまずありませんでした。露を見て「あれは何?」とたずねる一言から、女が外の世界をほとんど知らない人だったことが伝わります。そのたった一つの問いが、男にとって忘れられない後悔の言葉になる——短い文章の中に、恋のはかなさを「露」に重ねる平安の感じ方がつまっています。

なお、平安時代後期の説話集『今昔物語集』巻27にも、業平が連れ出した女が倉の中で鬼に食べられる、同じ型の話が収められています。こちらは怪談の色がより強い語り方になっています。

漫画版で変えたところ・足したところ

原文では、男が女を「盗み出した」と書かれているだけで、女がそれを望んでいたかどうかは書かれていません。漫画では、女が自分の意思で男の手を取り、屋敷を抜け出す形にしています。

また原文は、男が露の問いに答えたかどうかをはっきり書いていません。答えなかったことは歌から読み取れる、という程度です。漫画ではここを物語の中心にすえ、「答えなかった男」とその理由や気持ちを描いています。

ほかにも、女の目に映る夜の野の景色(月・虫の声・川の音・露の光)、二人の顔立ちや衣装、何年も続いた求婚の中身、蔵の中で鬼の姿を見せずに表す演出(雷や暗がり、原典にはない落ちた扇など)は、漫画で創作した部分です。最後のページでは、後段の種明かしを、名前を出さずに遠くの松明や男たちの声でほのめかしています。芥川の場所には諸説あり、本文からは特定できないため、絵では一つの場所に決めていません。

漫画で読むには

千年前の駆け落ちの夜を、雷鳴と露の光の中で描いたのが、シリーズ「恋と妖し ―大人の古典夜話―」の第1話です。古文の授業で「芥川」を習った人も、名前だけ知っている人も、絵で追うと「あれは何?」の一言の重さがぐっと身近に感じられるはずです。Manga Portal では全話無料・会員登録なしで読めますので、あらすじを知ったうえで、ぜひ漫画でも二人の夜をたどってみてください。

この話の登場人物

男(おとこ)
何年も想いつづけた身分違いの女を盗み出し、蔵の戸口で見張るうちに女を失って露の歌を詠む主人公で、在原業平とする説が広く知られています。
女(おんな)
屋敷の奥で育った身分の高い女性で、露を見て「あれは何?」とたずね、蔵の中で姿を消します。
鬼(おに)
蔵で女をひと口で食べたとされる存在で、姿は書かれておらず、後段では女を取り返した兄たちのたとえだと明かされます。
二条の后(にじょうのきさき)
後段で明かされる女の正体で、藤原高子の若いころのことだとされています。
堀河の大臣(ほりかわのおとど)・藤原基経(ふじわらのもとつね)
女の兄で、泣き声を聞きつけて兄の国経とともに女を取り返した人物です。
国経の大納言(くにつねのだいなごん)・藤原国経(ふじわらのくにつね)
女の兄(長男)で、基経とともに女を取り返した人物です。

よくある質問

伊勢物語「芥川」はどんな話?

ある男が身分の高い女を盗み出して夜に逃げ、雷雨の中で荒れた蔵に女をかくしますが、鬼に女をひと口で食べられてしまう話です。夜明けに女がいないことに気づいた男は、露の歌を詠んで嘆きます。

「白玉か何ぞと人の問ひし時」の歌の意味は?

「あの人が『あれは真珠か何か』とたずねたとき、『露だよ』と答えて、自分も露のように消えてしまえばよかったのに」という意味です。女の問いに応えられず、女を失った後悔がこめられています。

「芥川」の鬼の正体は?

段の最後に、女は二条の后の若いころで、兄の藤原基経と国経が泣き声を聞いて取り返したことを「鬼」と言ったのだ、という説明が書き添えられています。本物の鬼の話としても、恋が引き裂かれたことのたとえとしても読めます。

「芥川」の男は在原業平なの?

本文には「男」とあるだけで名前は書かれていません。在原業平がモデルだとする見方が昔から広く知られていますが、本文で確かめられることではありません。

「鬼一口」とはどういう意味?

鬼が人をひと口で食べてしまうことを言い、この「芥川」の場面がよく知られた例です。そこから、あっという間に危険な目にあうことのたとえとしても使われます。

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