この話のもとになった神話
源氏物語「葵」のあらすじ|車争いと六条御息所の生霊とは
ひとことで言うと: 源氏物語「葵」は、祭の見物で光源氏の妻・葵の上の従者たちに恥をかかされた六条御息所が、知らないうちに魂が体を抜け出し、身ごもった葵の上を苦しめる話です。葵の上は男の子を産んだあと急に亡くなり、源氏と御息所の間には消えない溝が残ります。紫式部が11世紀初めに書いた『源氏物語』の第9帖です。
源氏物語「葵」のあらすじ
帝が位を譲って新しい時代になり、光源氏は大将になります。新しく賀茂の斎院に選ばれた姫君が、川で身を清める「御禊」の日、源氏も行列に加わることになり、都じゅうの人が見物に集まりました。源氏の恋人である六条御息所も、身分を隠して地味な網代車でこっそり来ていました。
そこへ遅れて着いたのが、源氏の正妻・葵の上の一行です。酔った若い従者たちは場所を取ろうと御息所の車を押しのけ、正体を見抜いて悪口まで言います。車は奥に押し込まれて何も見えず、車を支える台も折られてしまいました。そのうえ源氏は、ほかの車には目をとめるのに、御息所の車には気づかずに通り過ぎます。これが有名な「車争い」です。
夏になり、身ごもった葵の上は物の怪に苦しみます。祈祷で多くの霊が離れていくのに、一つだけどうしても離れない霊がありました。同じころ御息所は、眠るたびに美しい姫君のもとへ行き、ふだんの自分にはない荒々しい心で引っぱり、打ちすえる夢を見ます。お産の床で、葵の上の口から御息所そっくりの声が歌を詠み、源氏はぞっとします。
やがて男の子が生まれます。御息所は、祈祷で焚く芥子の香りが自分の衣や髪にしみつき、洗っても落ちないことに気づいて、自分がおそろしくなります。秋、源氏たちが官職を決める行事で宮中に出ている間に、葵の上は急に亡くなりました。喪にこもる源氏のもとに御息所から歌が届き、源氏は丁寧ながら、相手の心の奥を見抜いたような歌を返します。
主な登場人物
物語の中心は、源氏をはさんだ二人の女性です。正妻の葵の上は気位が高く、源氏とはずっとよそよそしい仲でした。一方の六条御息所は、亡くなった前の東宮の妃で、教養も誇りも人一倍高い女性です。源氏のつれなさに悩み、娘とともに伊勢へ下ろうかと迷っていました。
注意したいのは、車争いは従者たちが勝手にしたことで、葵の上本人が命じたとは書かれていない点です。また「葵の上」という呼び名も、本文ではなく後の読者がつけたものです。
この話が伝えていること(時代の背景)
平安時代の貴族にとって、人前での扱われ方は身分と誇りそのものでした。高い身分の御息所が、大勢の見物人の前で車を押しのけられたことは、今の感覚以上に深い傷だったと考えられます。
また当時は、病気の原因を物の怪のしわざと考え、僧が祈祷をして、霊を「よりまし」という役の人に移らせて追い払いました。生きている人の魂が恨みや悩みのあまり体を抜け出す「生霊」も信じられていました。「葵」のこわさは、御息所が自分で呪おうとしたのではなく、本人も知らないうちに心が人を傷つけていたかもしれない、という点にあります。
なお、葵の上の死を御息所の生霊のしわざだと、本文ははっきり書いていません。周りの人々が物の怪のしわざと思った、とある程度で、「生霊が葵の上を殺した」というのは読み取り方や後の時代の説です。この話は後に能「葵上」にもなり、長く語りつがれてきました。
漫画版で変えたところ・足したところ
原典では、生霊は「声と様子が御息所だった」と書かれているだけで、姿は描かれていません。漫画では、几帳の陰や揺れる髪、二重に重なる顔で生霊を表していますが、これは漫画の脚色です。御息所の夢の場所や光、芥子の香りを煙の形で見せる表現も漫画で足したものです。
車争いの押し合いや群衆、従者の顔なども漫画で描き足しています(本文に従者の名前はありません)。お産は産屋の外の気配と産声だけで、葵の上の死は灯が消える1コマで表しました。源氏と葵の上が見つめ合う場面の気持ちの深さも脚色で、本文は、葵の上がいつもより長く源氏に目をとめていた、というところまでです。賀茂祭の日の場面などは省いたり短くしたりしています。
漫画で読むには
「恋と妖し ―大人の古典夜話―」第6話では、誇り高い女性が自分の心のおそろしさに気づいていく「葵」の物語を、静かでこわい画面で描いています。文字で読むと難しい源氏物語も、漫画なら人物の表情や場の空気がつかみやすくなります。全話無料・会員登録なしで読めるので、気になった方はほかの話もあわせてのぞいてみてください。
この話の登場人物
- 光源氏(ひかるげんじ)
- 物語の主人公で、この帖で大将になり、正妻の葵の上と恋人の御息所の間で揺れる美しい貴公子。
- 六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)
- 亡くなった前の東宮の妃で源氏の恋人。車争いで恥をかかされ、知らないうちに魂が抜け出すことにおびえる。
- 葵の上(あおいのうえ)
- 源氏の正妻で左大臣の娘。物の怪に苦しみながら男の子を産み、秋に急に亡くなる。
- 左大臣(さだいじん)
- 葵の上の父。宮中に出ている間に娘を亡くし、深く嘆く。
- 大宮(おおみや)
- 葵の上の母。お産のとき薬湯を持って娘を抱き起こす。
- 若君(わかぎみ)
- 源氏と葵の上の子。物の怪騒ぎのさなかに生まれ、後の巻で夕霧と呼ばれる。
よくある質問
源氏物語の「車争い」とは何ですか?
斎院の御禊の行列を見物する日に、葵の上の従者たちが六条御息所の車を力ずくで押しのけた出来事です。御息所は人前で恥をかかされ、源氏にも気づいてもらえず、深く傷つきました。
六条御息所の生霊は葵の上を殺したのですか?
本文は、葵の上の死を生霊のしわざだとはっきり書いていません。お産のときに御息所の声で歌を詠む場面はありますが、「生霊が殺した」というのは読み取り方や後の時代の説です。
六条御息所はわざと葵の上を呪ったのですか?
原典では、御息所が自分の意思で呪ったとは書かれていません。眠るたびに姫君を打つ夢を見て、自分の魂が抜け出しているのではと悩み、おびえています。
「葵」は源氏物語の何帖目ですか?
第9帖です。車争いから、葵の上の物の怪・出産・死、源氏と御息所の歌のやりとりまでが描かれます。
葵の上が産んだ子は誰ですか?
源氏との間の男の子で、「葵」の本文では「若君」と呼ばれています。後の巻で夕霧と呼ばれるようになります。
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