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第3話亡くした恋人の弟に、恋をした和泉式部日記

シリーズ第3話。愛した人を亡くして一年、心を閉ざしていた女のもとに、その弟の宮から白い橘の花が届く。歌の返事から始まった恋は、うわさと会えない夜を越えて、雪の夜の迎えの車へ。その陰で、黙って屋敷を去る人がいた。

19ページ全話無料・会員登録なし

ひとことで言うと: 『和泉式部日記』は、愛した為尊親王を亡くした女(和泉式部)が、その弟の帥宮(敦道親王)から橘の花を贈られたことをきっかけに恋に落ちる物語です。二人はうわさや会えない夜に悩みながらも歌を交わして心を深め、冬に女は宮の屋敷へ迎えられ、宮の正妻である北の方は屋敷を出ていきます。

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次回予告 · 制作中第4話 蛇性の婬 ―真女児―

雨の日に傘を貸した女は、人ではなかった。――溝口健二の映画『雨月物語』の元になった、蛇と人の恋の話。

この作品はここまで。次はこちらもどうぞ

この話のあらすじ

物語は、女が「夢よりもはかない世の中」を嘆きながら暮らしている場面から始まります。愛した故宮(為尊親王)が亡くなって一年近くたった四月十日すぎ、木々の葉が茂って庭が暗くなってきたころ、昔その故宮に仕えていた小舎人童(こどねりわらわ)がたずねてきます。少年は今は故宮の弟の帥宮に仕えていると話し、宮からの贈り物として橘の花を差し出しました。 橘の花の香りは、古今集の有名な歌から「昔の恋人を思い出させる香り」とされていました。女は思わず「昔の人の」と口ずさみ、「香りで兄宮を思い出すより、ほととぎすの声が兄宮と同じかどうか聞いてみたい」という意味の歌を返します。

原典恋と妖し ―大人の古典夜話― — 日本 · 平安時代(10〜12世紀。伊勢物語・源氏物語・和泉式部日記・今昔物語集)と江戸時代(1776年。雨月物語)。根拠にする刊本は1610〜1930年の刊行

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この話のもとになった神話

和泉式部日記のあらすじ|亡き恋人の弟・帥宮との恋をやさしく解説

和泉式部日記のあらすじ(原典の流れ)

物語は、女が「夢よりもはかない世の中」を嘆きながら暮らしている場面から始まります。愛した故宮(為尊親王)が亡くなって一年近くたった四月十日すぎ、木々の葉が茂って庭が暗くなってきたころ、昔その故宮に仕えていた小舎人童(こどねりわらわ)がたずねてきます。少年は今は故宮の弟の帥宮に仕えていると話し、宮からの贈り物として橘の花を差し出しました。

橘の花の香りは、古今集の有名な歌から「昔の恋人を思い出させる香り」とされていました。女は思わず「昔の人の」と口ずさみ、「香りで兄宮を思い出すより、ほととぎすの声が兄宮と同じかどうか聞いてみたい」という意味の歌を返します。宮は「同じ枝で鳴いていたほととぎすだから、声は変わらない」と答えました。こうして手紙と歌のやりとりが始まります。

やがて宮はしのんで女の家をたずね、二人は結ばれて、翌朝に「後朝(きぬぎぬ)の歌」を交わします。けれども宮は天皇の皇子という高い身分で、乳母などにいさめられ、思うように通えません。宮が来たのに門が開かず帰ってしまう夜、女のもとに他の男が通っているといううわさに宮の心がゆれる時期、宮が女を車に乗せて連れ出す夜、女が石山寺にこもって都の宮と歌を送り合う日々などが続きます。

九月二十日すぎの有明の月の夜には、明け方に宮が戸をたたいても開けてもらえず帰ってしまいます。眠れずに月をながめていた女は、その思いを手習い(思いつくままの書きもの)に書きつけ、宮に送りました。冬になると、宮は「ひとりでは心細いだろう」と女を自分の屋敷へ迎えたいと言います。女は人の目を気にしてためらいますが、十二月十八日の月の美しい夜、宮の迎えの車で屋敷へ移りました。これを聞いた宮の正妻・北の方は不快に思い、姉の東宮女御の勧めで屋敷を出ることになり、日記はこのあたりで終わります。

主な登場人物

主人公の「女」は、作者とされる和泉式部本人です。日記なのに自分を「女」と呼び、外から見るように書いているのが大きな特徴です。歌の名手で返事が早く、気がきく一方、自分についての悪いうわさに苦しみ、立場を冷静に見つめる面もあります。

相手役の帥宮(敦道親王)は冷泉天皇の皇子で、故宮の弟です。うわさを聞いて疑ったり、明け方に会いに来たり、車で連れ出したりと、気持ちがまっすぐで行動的な人物として描かれます。二人をつなぐ小舎人童、宮の正妻の北の方、北の方の姉の東宮女御も、短いながら物語を動かす大切な人たちです。

この物語の背景(平安時代の恋と和歌)

平安時代の貴族の恋は、まず手紙と和歌のやりとりから始まりました。男性が女性の家に通うのがふつうで、会えるかどうかは男性の都合や周りの目に大きく左右されます。だからこそ、来ない夜の寂しさや、うわさへの不安が、歌の中に濃く表れます。『和泉式部日記』は、こうした恋のかたちを、百首をこえる歌の往復でたどる作品です。

日記に描かれるのは長保五年(1003年)ごろの出来事とされます。作者は和泉式部本人と考えられることが多いものの、別の人が書いたという説もあります。また、身分の高い宮が身分の低い女を屋敷に迎え、正妻が出ていくという結末は、当時としても大きな出来事でした。なお、敦道親王はこの数年後に若くして亡くなっています。

漫画版で変えたところ・足したところ

漫画では、原典の長い歌のやりとりを「橘の花」「初めての夜」「有明の月」「屋敷へ迎えられる日」の四つの場面にしぼり、その間の手紙は短いコマの連続でつないでいます。簾(すだれ)ごしの会話や二人の仕草、視線の動きは、原典が簡潔なため漫画で一から考えたものです。初めての夜は暗転にして、翌朝の後朝の歌へ進む構成にしました。

有明の月の夜に、宮と女が同じ月を見ているように描くカット割りは、原典の出来事をもとにした演出で、「二人が同じ月を見ていた」と原典がはっきり書いているわけではありません。また、北の方が知らせを聞き、荷造りをして、黙って屋敷を去る数コマは漫画の創作です。原典で北の方の出番は短く、気持ちや去り方はほとんど書かれていません。漫画では北の方を悪者にせず、その立場の切なさが伝わるように描きました。歌は原文を見せ、意味は自分たちの言葉で言いかえています。

漫画で読むには

文章で読むと少しむずかしい平安の恋も、漫画なら表情や間(ま)で、歌にこめた気持ちが自然に伝わってきます。Manga Portal の「恋と妖し ―大人の古典夜話―」第3話「亡くした恋人の弟に、恋をした」は、全話無料・会員登録なしで読めます。白い橘の花から雪の夜の迎えの車まで、そしてその陰で去っていく人の背中まで、ぜひページをめくって確かめてみてください。

この話の登場人物

女/和泉式部(いずみしきぶ)
物語の主人公で語り手。亡き恋人を思い続けるなか、その弟の宮と歌を交わして恋に落ちる歌の名手。
帥宮/敦道親王(そちのみや/あつみちしんのう)
冷泉天皇の皇子で故宮の弟。橘の花を贈って女に近づき、最後は女を自分の屋敷へ迎える。
故宮/為尊親王(ためたかしんのう)
女の前の恋人で帥宮の兄。物語が始まる前年に亡くなり、思い出と歌の中にだけ現れる。
小舎人童(こどねりわらわ)
故宮に仕え、今は帥宮に仕える少年。橘の花と二人の手紙を運ぶ。
北の方(きたのかた)
帥宮の正妻。女が屋敷に迎えられたことを不快に思い、姉のもとへ移る。
東宮女御(とうぐうのにょうご)
北の方の姉。妹に手紙を送り、自分のところへ来るよう勧める。

よくある質問

和泉式部日記はどんな話?

亡くなった恋人・為尊親王の弟である帥宮(敦道親王)と、和泉式部の恋を描いた作品です。橘の花をきっかけに歌のやりとりが始まり、冬に女が宮の屋敷へ迎えられるまでが描かれます。

和泉式部日記で橘の花が贈られたのはなぜ?

橘の香りは、古今集の歌から「昔の恋人を思い出させる香り」とされていたからです。亡き兄宮を思う女の気持ちに寄りそう贈り物であり、恋の始まりの合図にもなりました。

和泉式部日記の作者は誰?

和泉式部本人とする考えが一般的ですが、別の人が書いたという説もあります。本文では自分を「女」と呼び、物語のように書いているのが特徴です。

和泉式部日記の最後はどうなる?

十二月十八日に女は宮の屋敷へ移ります。それを不快に思った北の方が、姉の東宮女御のもとへ移ろうとするところで日記は終わります。

帥宮(敦道親王)とはどんな人?

冷泉天皇の皇子で、為尊親王の弟です。身分が高く自由に通えない中でも、明け方に訪ねたり車で連れ出したりと、女への思いを行動で示す人物として描かれます。

漫画を最初から読む(無料)