第11話千本の針より、なくした一本海幸山幸
兄の大切な釣り針を海で失くした弟ホオリは、千本の針を作っても許してもらえず、潮の神の老人に導かれて海の底の宮へ向かう。姫との恋と三年の幸せの末に針を取り戻すが、海の神から授かった二つの珠は、兄弟を苦い対決へと導いていく。
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兄の大切な釣り針を海で失くした弟ホオリは、千本の針を作っても許してもらえず、潮の神の老人に導かれて海の底の宮へ向かう。姫との恋と三年の幸せの末に針を取り戻すが、海の神から授かった二つの珠は、兄弟を苦い対決へと導いていく。
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この話のもとになった神話
「海幸山幸(うみさちやまさち)」は、712年にまとめられた『古事記』の上巻に出てくる兄弟の物語です。兄の火照命(ほでりのみこと)は海で魚をとるので「海佐知毘古(うみさちびこ)」、弟の火遠理命(ほをりのみこと)は山でけものをとるので「山佐知毘古(やまさちびこ)」と呼ばれました。「さち」は、獲物をとる道具や、獲物に恵まれる力を表す言葉です。
二人は、天から地上に降りてきた邇邇芸命(ににぎのみこと)と木花之佐久夜毘売(このはなのさくやびめ)の子どもで、燃えさかる産屋(うぶや)の中で生まれた兄弟でした。
弟は兄に「道具を取り替えてみよう」と三度頼みますが、断られます。それでもついに、少しの間だけ交換してもらえました。ところが慣れない海では一匹も釣れず、兄の釣り針まで海でなくしてしまいます。兄は「自分の針を返せ」と迫りました。弟は身につけていた剣を砕いて五百本、さらに千本の針を作って差し出しますが、兄は「元の針でなければだめだ」と受け取りません。
海辺で泣いていた弟の前に、塩椎神(しおつちのかみ)が現れます。わけを聞いた神は、すき間なく編んだ竹かごの小船に弟を乗せ、海の神・綿津見神(わたつみのかみ)の宮への行き方を教えました。宮の門のそばにある井戸の上の木に登って待っていれば、海の神の娘が取り計らってくれる、というのです。
言われたとおりにすると、水をくみに来た侍女が弟に気づきます。弟は水を求めますが飲まず、首飾りの玉を口に含んで器に入れました。玉が器から離れないので、侍女はそのまま豊玉毘売(とよたまびめ)のもとへ届けます。姫は外に出て弟を見るなり心を通わせました。父の海の神も、弟が天の神の血をひく尊い方だと見抜き、盛大にもてなして娘と結婚させたのです。
三年がたったある夜、弟は兄とのことを思い出して大きなため息をつきます。わけを聞いた海の神が海の魚をすべて集めると、喉に何かが刺さって物を食べられずにいる赤海鯽魚(たい)がいるとわかり、その喉から針が見つかりました。
海の神は弟に、針を兄に返すときは不運を招く呪いの言葉を唱え、後ろ手に渡すこと、そして田んぼを兄とは逆の高さに作ることを教えます。水を支配する海の神の力で、兄は三年のうちに貧しくなるというのです。さらに、潮を満ちさせる塩盈珠(しおみつたま)と、潮を引かせる塩乾珠(しおふるたま)を授けました。
弟は一尋(ひとひろ)の大きさの和邇(わに)に送られ、一日で地上へ帰ります。教えどおりにすると兄は貧しくなり、怒って攻めてきました。弟は塩盈珠で兄をおぼれさせ、許しを願えば塩乾珠で助けます。とうとう兄は頭を下げ、昼も夜も弟を守る者として仕えると誓いました。古事記は、兄の子孫が今もおぼれたときの様子を演じて仕えている、と結んでいます。
古事記は兄の火照命を、南九州に住んでいた隼人(はやと)の一族、阿多君(あたのきみ)の祖先だと記しています。そのため、この話は隼人が朝廷に仕えるようになった由来を語る物語だと考えられています。隼人が宮廷で演じた芸能(隼人舞)と、子孫が演じる「おぼれる仕草」を結びつける説もあります。
また、弟の火遠理命と豊玉毘売の孫が、初代の天皇とされる神武天皇です。天の神の子孫が、山の力に加えて海の力も手に入れる流れを読み取る見方もあります。海の底の宮で美しい姫と暮らす展開が「浦島太郎」に似ていることも、よく話題になります。
古事記に書かれているのは、ほとんどが登場人物の行動だけです。兄を「頑固」、弟を「うっかり者」とする性格づけもありません。漫画では、兄弟の表情や年の差、三度の頼みごとの会話、針をなくす釣りの場面、剣を砕いて針を作る場面などを、絵と演出でおぎなっています。
塩椎神を老人として描いているのは、『日本書紀』で「塩土老翁(しおつちのおじ)」と書かれていることをふまえた選択です。古事記には見た目の説明はありません。ほかにも、海の宮の建物、海の神や姫の姿、和邇の形、三年間の夫婦の暮らし、兄が貧しくなっていく様子、珠で潮が満ち引きする場面の迫力などは、漫画ならではの表現です。
『古事記 ―神々の系譜―』第11話「千本の針より、なくした一本 ―海幸山幸―」では、千本の針でも許してもらえない弟の苦しさ、海の宮での恋、そして二つの珠がもたらす兄弟の苦い決着を、一つの流れで味わえます。全話無料・会員登録なしで読めるので、前の話から続けて読んだり、豊玉毘売の秘密が明かされる次の話へ進んだりすると、神話のつながりがよりつかみやすくなります。
兄が海幸彦(火照命)、弟が山幸彦(火遠理命)です。古事記では、道具の交換を言い出し、釣り針をなくすのは弟の山幸彦です。
海の神が山幸彦に授けた二つの珠です。塩盈珠は潮を満ちさせて相手をおぼれさせ、塩乾珠は潮を引かせて助けます。山幸彦はこの二つで兄を従わせました。
海の底の宮で姫と結ばれ、数年を過ごしてから地上に戻るという点がよく似ています。そのため関係があるのではないかという説もありますが、はっきり元ネタだと決まっているわけではありません。
山幸彦は豊玉毘売との間に子をもうけ、その子の息子が、初代の天皇とされる神武天皇です。古事記では、この話のあと豊玉毘売が子を産むために地上へやって来る話へと続きます。
古事記は和邇の姿を詳しく書いていません。サメのことだとする説がよく知られていますが、はっきりとは分かっていません。