織田信長(吉法師)とは
大うつけと呼ばれた風雲児
織田信長(おだ のぶなが)
織田信長(おだ のぶなが)とは、戦国時代の尾張(いまの愛知県西部)に生まれ、天下統一の目前まで進んだ武将です。1534年に織田信秀の子として生まれ、1560年の桶狭間の戦いで名を上げ、1582年の本能寺の変で家臣の明智光秀に攻められて亡くなりました。
この作品では『信長公記』をもとに若き日を描きます。派手な身なりで町を歩いて「大うつけ」と笑われながら、馬・水練・弓・鉄砲の稽古には打ち込み、父の葬式では仏前に抹香を投げつけます。聖徳寺の会見で斎藤道三を驚かせ、稲生の戦いで弟の軍を破り、桶狭間では六騎で城を飛び出して今川義元を討ちました。
「魔王」の呼び名は、宣教師ルイス・フロイスの手紙に、信長が「第六天の魔王」と名乗ったと書かれていることで知られています。
登場する話5
第1話
父の葬式で、お香を投げつけた男大うつけ・信長の抹香投げ
町じゅうが「大うつけ」と笑う若殿。その若殿が誰も見ていない夜明けに鍛えている姿を、若い弓衆の牛一だけが見てしまう。父の葬儀で若殿は仏前に抹香を投げつけ、守役の平手は腹を切る。第1話、記録係が最初に書き留めたものとは。
19ページ第2話
うつけ婿を覗いたら、槍が五百本聖徳寺の会見
噂の「たわけ」の婿を、町外れの小屋の隙間から覗いて笑ってやろうとした老将・道三。だが婿の後ろには五百本の朱い槍が続き、寺では誰も見たことのない正装の若殿が待っていた。
19ページ第3話
弟を許すのは、一度だけ稲生の戦い
自分を認めてくれた妻の父・道三を失い、ひとりになった若き当主・信長。その隙に、母に愛された礼儀正しい弟が家臣に担がれて兄に背く。信長は一度は弟を許すが、二度目は許さなかった。
19ページ第4話
敵は四万五千、出陣はたった六騎桶狭間の戦い
四万五千の今川軍が国境の砦を呑んでいく夜、信長は家老たちに作戦を何も語らず「帰れ」とだけ言った。夜明け、敦盛を舞い、立ったまま飯をかき込み、わずか六騎で城を飛び出す。
19ページ第5話
大軍に勝った殿が、山に勝てない稲葉山城の戦い
四万五千の大軍を破った信長が、山の上の城ひとつに何年も届かず「帰るぞ」を繰り返す。敵の味方を一人ずつ減らした末、人質の到着を待たずに動いた男の速さに、味方さえ肝をつぶす。
19ページ