柴田勝家(柴田権六)とは
弟に付き、のちに信長を支えた猛将
柴田勝家(しばた かついえ)
柴田勝家(しばた かついえ)とは、織田家の重臣となった戦国武将で、「鬼柴田」の呼び名で知られる猛将です。『信長公記』の若いころの場面では「柴田権六」と書かれています。はじめは信長の弟・勘十郎に仕えていました。
父・信秀の葬式では勘十郎の側に控えます。1556年の稲生の戦いでは勘十郎方の大将として兵を率いましたが、信長に敗れ、許されました。ところが勘十郎が津々木蔵人ばかりを重く用いるようになると心が離れ、二度目の謀反のくわだてを信長に知らせます。この知らせが、勘十郎の最期につながりました。
その後は信長の有力な家臣として越前などを任されます。信長の死後に羽柴秀吉と対立し、1583年の賤ヶ岳の戦いに敗れ、北ノ庄城で妻のお市の方とともに自害しました。