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第5話殿様のカンニング、合図は家来のすね萩大名

シリーズ第5話。歌の詠めない見栄っ張りの殿が、家来の扇の骨と、なぜか「すね」を合図に和歌の席へ。読者だけが答えを知っている、六百年前のカンニング喜劇「萩大名」です。

19ページ全話無料・会員登録なし

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次回予告 · 制作中第6話 靱猿 ―殿様が泣いた日―

「猿の皮をよこせ」と脅した殿様。でも小猿が見せた芸に、殿様は号泣した。笑えて泣ける600年前の名作。

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この話のあらすじ

主人公は、訴訟のために都に長く滞在している遠い国の大名です。裁きがなかなか終わらず退屈した大名は、家来の太郎冠者に気晴らしを相談します。すすめられたのは、萩の花が見事だと評判の庭の見物でした。ただし、その庭には決まりがありました。亭主は客に和歌を一首求めるのです。ところが、大名は歌が詠めません。 そこで太郎冠者は「七重八重九重とこそ思ひしに十重咲き出づる萩の花かな」という一首を教えます。七重、八重、九重どころか十重にも咲いた、と萩の見事さをほめる歌です。しかし大名は、これすら覚えられません。困った太郎冠者は、扇の骨を開いて見せる数で「七重八重」を、自分の脛を見せて「萩」を知らせると約束します。

原典狂言傑作集 ―笑いの六百年― — 日本 · 室町時代〜江戸時代(『狂言記』1660年刊)

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この話のもとになった物語

萩大名(狂言)のあらすじとは?歌の詠めない殿様のカンニング喜劇

ひとことで言うと: 萩大名(はぎだいみょう)は、和歌の詠めない大名が、家来の太郎冠者の扇の骨と脛(すね)を合図に歌をごまかそうとして失敗し、大恥をかいて追い出される、狂言『萩大名』の物語です。大蔵流・和泉流に伝わる大名狂言で、脛を「はぎ」とも読むことと花の「萩」を重ねた合図が、笑いの中心になっています。

元の狂言「萩大名」のあらすじ

主人公は、訴訟のために都に長く滞在している遠い国の大名です。裁きがなかなか終わらず退屈した大名は、家来の太郎冠者に気晴らしを相談します。すすめられたのは、萩の花が見事だと評判の庭の見物でした。ただし、その庭には決まりがありました。亭主は客に和歌を一首求めるのです。ところが、大名は歌が詠めません。

そこで太郎冠者は「七重八重九重とこそ思ひしに十重咲き出づる萩の花かな」という一首を教えます。七重、八重、九重どころか十重にも咲いた、と萩の見事さをほめる歌です。しかし大名は、これすら覚えられません。困った太郎冠者は、扇の骨を開いて見せる数で「七重八重」を、自分の脛を見せて「萩」を知らせると約束します。

庭に着くと、大名は庭石や梅の木に的外れなほめ言葉を並べ、亭主を困らせ、太郎冠者をひやひやさせます。いよいよ歌の番になり、大名は合図を頼りに詠み始めますが、意味を取り違えます。見たままの扇の骨の数を口にしたり、「太郎冠者の向こう脛」と言い出したりしてしまうのです。

あきれた太郎冠者は、主人を置いて先に帰ってしまいます。一人残された大名は下の句が出てこず、続きを迫られても答えられません。最後は大恥をかいて、亭主に追い出されます。

笑いのしかけは「萩」と「脛」

脛という字は「はぎ」とも読みます。花の「萩」と同じ音なので、脛を見せれば歌の言葉を思い出せるはず、というのが太郎冠者の作戦です。今でいえば、体の一部を使って答えを教えるカンニングのようなものです。

見ている側は、歌も合図も先に知っています。だから合図が出るたびに「正しく言えるのか」とはらはらし、大名が見たものをそのまま口にした瞬間に笑いが起きます。答えを知っている観客だけが、失敗を先回りして楽しめるしくみです。なお、「花かな」を鼻を指して知らせるなど、ほかの合図を加える形もあるとされますが、こうした細部は流派や演出によって異なる可能性があります。

この狂言が伝えていること(時代と文化の背景)

狂言は、能とともに受け継がれてきた日本の喜劇で、せりふとしぐさで人間のおかしさを描きます。室町時代ごろから続く芸能で、大名が主人公になる演目は「大名狂言」と呼ばれます。『萩大名』もその一つです。ここでいう大名は、江戸時代の大きな藩の殿様とは違い、地方の領主のような立場と考えられています。

和歌は、身分のある人の教養とされてきました。だから歌が詠めないのは、大名にとって困ったことです。自分の力で詠めないのに、家来に頼って切り抜けようとし、一人になると何もできなくなる。その姿は、立場のある人の背伸びを笑う話として読むこともできます。

ただ、難しい教訓を味わう話というより、知らないのに知っているふりをしてしまう人間のおかしさを楽しむ話といえそうです。六百年前の笑いと言われても、テストや発表で冷や汗をかいた経験のある人なら、きっと身に覚えがあるでしょう。

原典にある話と、漫画版で変えたところ

原典に沿っているのは、物語の骨組みです。訴訟での都滞在、萩の庭の見物、歌を一首求める決まり、扇と脛の合図、的外れなほめ言葉、合図の取り違え、太郎冠者が先に帰ること、大名が追い出される結末は、元の狂言にある話です。

一方、漫画で独自に描いたものもあります。大名の領国や訴訟の内容、都での暮らしぶり、人物の容姿や年齢や服装、庭の広さや季節感の表現です。庭石や梅の木へのほめ言葉の具体的な文句も、今の読者に笑いが伝わるよう新しく書いています。ただし「的外れにほめる」という筋は変えていません。

道中の軽口や合図を練習する場面のふくらませ方も漫画の工夫で、舞台のしぐさはコマ割りや誇張、扇と脛の大写しに置きかえました。歌のしくみを伝える案内役や欄外の解説、追い出されたあとの短い後日談や主従の再会を描く結びの一コマも、原典にはない創作です。

漫画で読むには

このお話は、Manga Portal の『狂言 ―笑いの六百年―』第5話「殿様のカンニング、合図は家来のすね ―萩大名―」で読めます。全話無料で、会員登録もいりません。

あらすじで結末を知っていても、扇と脛がどんな顔で差し出され、殿様がそれをどう受け取るのかは、絵で見るとまた別のおかしさがあります。狂言を舞台で見たことがない人の入り口としても、気軽に開いてみてください。

この話の登場人物

大名(だいみょう)
訴訟のために都に滞在している遠い国の主人公で、和歌が詠めず、教わった一首も覚えられないまま家来の合図に頼ります。
太郎冠者(たろうかじゃ)
大名に仕える家来で、歌を教え、扇と脛の合図を考える機転の持ち主ですが、主人の失敗にあきれて先に帰ってしまいます。
庭の亭主(にわのていしゅ)
見事な萩の庭の主人で、客に和歌を一首求めるのを決まりとし、下の句を出せない大名に恥をかかせて追い出します。

よくある質問

狂言「萩大名」はどんな話?

歌の詠めない大名が、家来の太郎冠者の合図を頼りに、萩の庭で和歌を詠もうとする喜劇です。合図を取り違えて失敗し、最後は大恥をかいて追い出されます。

萩大名の合図に、なぜ「脛(すね)」が使われるの?

脛という字は「はぎ」とも読み、花の「萩」と同じ音になるからです。太郎冠者は自分の脛を見せて「萩」を思い出させようとしますが、大名は「太郎冠者の向こう脛」などと口にしてしまいます。

萩大名に出てくる和歌はどんな歌?

「七重八重九重とこそ思ひしに十重咲き出づる萩の花かな」という一首です。七重、八重、九重と思っていたら十重にも咲いた、と萩の見事さをほめています。

太郎冠者とは誰のこと?

狂言によく登場する従者役の通称で、特定の実在の人物ではありません。『萩大名』では大名に仕え、歌を教えたり合図を考えたりします。

萩大名の結末はどうなる?

あきれた太郎冠者が先に帰り、一人残された大名は下の句を答えられません。そのまま大恥をかいて、庭の亭主に追い出されます。

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