第1話岩から生まれた猿が、泣いた日孫悟空の誕生(花果山と水簾洞)
シリーズ第1話。花果山の仙石から生まれた石猿が、滝の奥に水簾洞を見つけて美猴王となる。五百年の宴で、幼なじみの子猿が老いたことに気づいた王は、いつか来る死を恐れて涙し、仲間を終わりに渡さないため、ひとり小さないかだで海へ漕ぎ出す。
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シリーズ第1話。花果山の仙石から生まれた石猿が、滝の奥に水簾洞を見つけて美猴王となる。五百年の宴で、幼なじみの子猿が老いたことに気づいた王は、いつか来る死を恐れて涙し、仲間を終わりに渡さないため、ひとり小さないかだで海へ漕ぎ出す。
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この話のもとになった神話
『西遊記』は、中国の明の時代にまとめられた長い小説です。今残っている古い本のひとつに、1592年に南京(金陵)の世徳堂という本屋が出した版があります。全百回のうち、第一回の前半では、のちの孫悟空がどうやって生まれ、なぜ旅に出たのかが語られます。
物語は、世界が生まれてから終わるまでを十二万九千六百年のひと区切りとする考え方と、世界を四つの大陸(四大部洲)に分ける説明から始まります。そのひとつ、東勝神洲の傲来国の近くの海に、花果山という山がありました。山頂には不思議な石がありました。その高さは一年の日数に、周りの長さは季節の区切りである二十四気に合っていました。この石は天と地、太陽と月の力を長いあいだ受けつづけ、ある日割れて、毬ほどの大きさの石の卵を産みます。卵が風に当たると、一匹の猿になりました。これが「石猴」です。石猴が四方を拝むと、目から二筋の金色の光が出て、天まで届きました。天界の玉皇大帝は千里眼と順風耳に調べさせます。しかし報告を聞くと「下界のものは天地の力から生まれたのだから、不思議がることはない」と言って、放っておきました。光は、石猴が食べたり飲んだりするようになると収まっていきました。
ある暑い日、石猴は仲間の猿たちと谷川の水源をたどり、大きな滝にたどり着きます。猿たちが「中に入って無事に戻ってきた者を王にしよう」と言うと、石猴が真っ先に名乗り出て飛び込みました。滝の裏側には水がなく、橋の先に石の鍋や寝床がそろった洞窟があり、「花果山福地 水簾洞洞天」と刻まれた石碑が立っていました。石猴は皆をそこへ連れていき、約束どおり王になって「美猴王」と名乗ります。
それから数百年がたちました。ある宴の最中、王は急に涙を流します。今は誰にも縛られていない。けれど、いつか年をとれば、あの世の王・閻王に命をにぎられてしまう。それが悲しかったのです。すると通背猿猴という猿が「仏・仙人・神聖の三者だけは、生まれ変わりの輪から逃れられます」と教えました。王はその人たちを訪ねて、年をとらず長生きする方法を学ぼうと決めます。仲間たちが開いた送別の宴のあと、王は枯れた松で編んだ筏にひとりで乗りました。そして竹竿をあやつり、海の向こうの南贍部洲を目指して漕ぎ出していきました。
主人公は、石から生まれた猿の石猴(美猴王)です。のちの孫悟空ですが、この時点ではまだその名前はありません。滝に真っ先に飛び込む大胆さがあり、約束を守らせる口の上手さもあります。そのうえ、楽しい毎日の中でも先のことを心配できる用心深さを持っています。
天界では玉皇大帝と、その家来の千里眼・順風耳が登場します。この段階の玉帝は、石猴を敵とも危険とも見ていません。猿の側には、王に大切なことを教える通背猿猴と、名前のない大勢の群猿がいます。閻王は直接は登場せず、王の言葉の中で「恐れの対象」として語られるだけです。
『西遊記』には、仏教・道教・儒教という中国の三つの教えがまざり合っています。第一回でも、宇宙のなりたちの説明は宋の時代の学者・邵康節の説にもとづいています。死んだら生まれ変わる「輪廻」は仏教の考え方で、不老長生をめざす仙人は道教の考え方です。また石猴は、王の座を求めるときに『論語』の言葉を使って、仲間に約束を守らせています。
石猴には親がいません。天地の力から生まれた、いわば「天地の子」です。何も持たずに生まれた存在が、王になって満ち足りたとたんに死を恐れる。この流れは、どんなに自由で幸せな者にも終わりが来ることを読者に考えさせます。原典の地の文は、王のこの決心がのちに「斉天大聖」を生むことになると予告しています。死への恐れが、大冒険の出発点になっているのです。なお、作者を呉承恩とする説が広く知られていますが、確かな証拠はなく、はっきりとはわかっていません。
漫画では、原典に書かれていない部分をいくつか描き足しています。いちばん大きいのは、王が涙を流すきっかけです。原典には「宴の最中に急に悲しくなった」とあるだけで、理由は書かれていません。仲間が老いていくといった具体的な場面もありません。「幼なじみの子猿が老いたことに気づく」という場面は、漫画オリジナルの演出です。
原典の「三五百載」は、三百年とも五百年とも読める書き方です。漫画ではこれを「五百年の宴」として描いています。ほかにも、石の卵が割れる瞬間の音や光、石猴の毛色や表情、獣たちと暮らす日々、群猿一匹一匹の名前や性格、天宮の家来たちのやりとりは、漫画で足したものです。通背猿猴についても、原典には年齢や姿が書かれていません。そのため、漫画で描かれる姿は創作です。
一方で、「ひとりで旅立つ」「枯れ松の筏」「竹竿の棹」といった大事なところは、原典のとおりに描いています。
文章で読むと短い場面でも、漫画では、石猴が仲間と過ごした長い時間や、ひとり海へ出る決意の重さをじっくり味わえます。『西遊記 斉天大聖伝 ―石より生まれし猿―』は、Manga Portalで全話無料・会員登録なしで読めます。孫悟空の物語のはじまりを、ぜひ第1話から読んでみてください。
花果山の山頂にあった不思議な石が、長いあいだ天地や太陽・月の力を受けて、ある日割れて石の卵を産みました。その卵が風に当たって猿の姿になったのが、のちの孫悟空です。親のいない、石から生まれた猿なのです。
花果山は、東勝神洲・傲来国の近くの海にある山です。水簾洞は、その山の滝の裏にある洞窟です。中には石の鍋や寝床がそろっていて、猿たちが雨風を気にせず暮らせる住まいになりました。
滝の中に入って洞窟を見つけた石猴は、約束どおり猿たちの王になりました。そのとき「石」の字を外して「美猴王」と名乗っています。孫悟空という名前は、もっと後の回で仙人の師からもらいます。
いつか年をとれば、あの世の王・閻王に命をにぎられることを恐れたからです。仲間から、仏・仙人・神聖だけは生まれ変わりの輪から逃れられると聞きました。そこでその人たちを訪ね、不老長生を学ぼうと、ひとり筏で海へ出ました。
明の時代の呉承恩とする説が広く知られていますが、確かな証拠はなく、はっきりとはわかっていません。古い刊本のひとつに、1592年に南京の世徳堂から出た本があります。