この話のもとになった神話
お貞の話 あらすじ|小泉八雲『怪談』の生まれ変わりの約束 ひとことで言うと: 「お貞の話」は、15歳で病に倒れたいいなずけのお貞が「生まれ変わって、もう一度あなたのもとへ戻ります」と約束し、17年後、伊香保の温泉宿で給仕の娘として長尾長生の前に現れる物語です。原典は、ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)が1904年に出した『Kwaidan(怪談)』に入っている「The Story of O-Tei」です。
元の話のあらすじ 昔、新潟の町に、医者の息子の長尾長生という若者がいました。長生には、父の友人の娘・お貞という、幼いころから決められたいいなずけがいました。長生が医者になる勉強を終えたら、二人は結婚するはずでした。
ところが体の弱いお貞は、15歳のときに重い肺の病にかかります。死を覚悟したお貞は、19歳の長生に「あなたが生きているあいだに、また会えると信じています。ただ、もう一度女の子に生まれて大人になるまで、15、16年待ってもらうことになります」と伝えました。長生は、喜んで待つと誓います。別の姿で戻ったらどうやって見分ければいいのかと聞かれても、お貞は「どこでどう会えるかは神さまや仏さまにしかわかりません。でも、あなたが受け入れてくれれば、きっと戻れます」と答えるだけでした。そして静かに息を引き取ります。
長生はお貞の位牌を作って仏壇に置き、毎日お供えをしました。さらに「お貞が別の体で戻ってきたら妻にする」という誓いを紙に書いて印を押し、位牌の横に納めました。けれど一人息子だった長生は、親が選んだ女性と結婚して家業を継ぎます。そのうちに、お貞の思い出は夢のようにぼんやりしていきました。
やがて長生は、両親、妻、そしてたった一人の子どもを次々に亡くします。ひとりになった長生は、悲しみをまぎらわすために長い旅に出ました。温泉で知られる山の村・伊香保の宿で、お茶を運んできた娘を見て、長生の胸は大きく高鳴ります。姿もしぐさも、お貞にそっくりだったのです。名前と生まれを聞くと、娘はお貞の声で「私はお貞です。17年前に新潟で死にました。あなたは誓いを書いて印を押し、位牌の横に納めてくださいました。だから戻ってきたのです」と答え、気を失いました。目を覚ました娘は、自分が言ったことを何も覚えていませんでした。長生はこの娘を妻にし、二人は幸せに暮らします。妻が前の人生を思い出したのは、後にも先にもあのときだけでした。
主な登場人物 長尾長生は、医者の家の一人息子です。お貞との約束を守ろうと位牌に毎日お供えをし、誓いを書き残すまじめな人です。一方で、親の決めた結婚にも従います。お貞は、死を前にしても落ち着いていて、再会の時と場所を神さまや仏さまにまかせる、ひかえめだけれど信じる心の強い少女です。伊香保の宿の娘は、名前を聞かれたほんの一瞬だけお貞として話し、そのあとは何も覚えていません。原典には、娘の年齢や家族のことは書かれていません。
この話が伝えていること(文化・時代の背景) この話の土台には、人は死んだあとまた別の命に生まれてくる、という仏教の「生まれ変わり(輪廻)」の考え方があります。位牌は亡くなった人の名を記して家の仏壇にまつるもので、毎日のお供えは、亡くなった人とのつながりを保つ大切な習わしでした。いいなずけ(親どうしが子どもの結婚を決めること)も、当時はめずらしくありませんでした。
この話で印象に残るのは、お貞が戻れた理由として語られるのが、長生が印を押して残した「誓いの書き付け」だという点です。一度した約束を形にして守ることの重さが、物語の中心にあります。お貞の病は「consumption」と書かれていて、今でいう結核のことだと考えられます。
ハーンは日本に住み、日本の古い本や言い伝えをもとに、英語で『怪談』を書きました。同じ本には「耳なし芳一」や「雪女」も入っています。「お貞の話」はこわい話というより、時をこえて結ばれる、静かで切ない不思議な話です。
漫画版で変えたところ・足したところ 筋の流れと大事な台詞の意味は原典に合わせていますが、絵で見せるために次の部分を足しています。原典では「思い出が夢のように薄れた」と短く書かれているだけの17年間を、季節が移っていく、台詞のないコマで表しました。また、最初の妻との暮らしや、妻と子を亡くす場面の描き方も漫画の創作です。原典には、二人の死因や時期は書かれていません。
原典はお貞と宿の娘を「驚くほど似ている」と書くだけなので、漫画では「目もとと声が同じ」というところに絞って描き分けています。人物の顔立ちや着物、家や仏壇の見た目、伊香保の石段や湯けむりの風景、娘を介抱する場面や祝言の場面も、絵にするために考えたものです。
なお、お貞が「しるしがあるから、きっとわかります」と言う場面や、娘が「位牌に名を書いてくださったから戻った」と言う形は、原典にはないと考えられます。原典では、お貞は見分け方を言わずに神仏にまかせ、戻れた理由は誓いの書き付けだと語っています。冒頭と結びに出てくる語り手の福来や、話が終わると行灯をひとつ吹き消す演出は、Manga Portal の『怪談傑作集』シリーズ共通の創作です。百物語では、怪談をひとつ語るたびに灯りをひとつ消していくという習わしが知られています。
漫画で読むには 『怪談傑作集 ―百物語の夜―』第7話「十七年後、宿でお茶を運んできた娘 ―お貞の話―」は、Manga Portal で全話無料、会員登録なしで読めます。お貞の最期の約束から、17年後の伊香保の宿で娘がお茶を運んでくる場面までを、絵ならではの間でじっくり描きました。あらすじを知ったうえで読んでも、娘がお貞の声で話し出す一瞬はきっと胸に残るはずです。ほかの話といっしょに、行灯の灯りの下の百物語の夜を楽しんでみてください。
この話の登場人物 長尾長生(ながお ちょうせい) 新潟の医者の一人息子で、お貞のいいなずけ。17年後、伊香保の宿でお貞の生まれ変わりと出会う。 お貞(おてい) 長生のいいなずけ。15歳で肺の病で亡くなる前に、生まれ変わって戻ると約束する。 伊香保の宿の娘 温泉宿で給仕をする娘。一瞬だけお貞の声で前の人生を語り、のちに長生の妻になる。 長生の両親 父は医者で、お貞の父の友人。長生の結婚相手を選ぶが、のちに二人とも亡くなる。 長生の最初の妻と子 親の選んだ妻と一人の子。どちらも亡くなり、長生が旅に出るきっかけになる。 福来(ふくらい) 漫画版だけに出てくる語り手。原典には登場せず、行灯の前で物語を語る。
よくある質問 「お貞の話」はどんな話? 15歳で亡くなったいいなずけのお貞が、生まれ変わって戻ると約束し、17年後に伊香保の温泉宿の娘として長生と再会する話です。小泉八雲の『怪談』に入っています。
「お貞の話」はこわい話? 幽霊がおどかすような怖さはほとんどありません。生まれ変わりと約束をテーマにした、切なくて不思議な恋の話です。
お貞はなぜ戻ってくることができたの? 原典では、長生が「お貞が戻ったら妻にする」という誓いを書いて印を押し、位牌の横に納めたからだと、娘自身が語っています。約束を形にして守ったことが鍵になっています。
再会した場所の伊香保はどこ? 伊香保は、今の群馬県にある温泉地です。原典では「湯で知られる山の村」として登場します。
小泉八雲の『怪談』にはほかにどんな話がある? 「耳なし芳一」「雪女」「ろくろ首」などが入っています。1904年にアメリカで英語の本として出版されました。
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