この話のもとになった神話
のっぺらぼう『むじな』あらすじ|小泉八雲『怪談』紀伊国坂の話
ひとことで言うと: 「むじな」は、夜の紀伊国坂でお堀のそばで泣く娘に声をかけた年寄りの商人が、目も鼻も口もない顔を見て逃げ出し、たどり着いた屋台の蕎麦屋にも同じ顔を見せられる、という怪談です。小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)が1904年に出した『Kwaidan(怪談)』に入っている話で、日本でいちばん有名なのっぺらぼうの話のひとつです。
「むじな」のあらすじ(原典)
舞台は東京・赤坂の紀伊国坂です。道の片側には深くて広い古いお堀と高い緑の土手、反対側には宮殿の長く高い塀が続いています。街灯も人力車もなかったころ、このあたりは日が暮れるととても寂しく、夜に歩く人は遠回りをしてでもこの坂を避けました。そこには、人を化かす「むじな」が出ると言われていたからです。
ある夜おそく、京橋に住む年寄りの商人が坂を急いで上っていると、お堀のそばで若い娘がひとりしゃがみ込み、激しく泣いていました。身なりも髪の結い方も、良い家のお嬢さんのようです。商人は、娘が身投げをするのではと心配になり、「お女中」と何度もやさしく声をかけ、助けになりたいと話しかけます。娘は長い袖で顔を隠したまま泣き続け、立ち上がっても背を向けたままでした。
商人がそっと肩に手を置いて、もう一度たのむと、娘は振り向いて袖を下ろし、手で顔をなでました。その顔には、目も鼻も口もなかったのです。商人は叫び声を上げ、真っ暗な坂を夢中で駆け上がります。
やがて、ずっと先に蛍のような小さな明かりが見えました。それは道ばたに屋台を下ろした蕎麦屋の提灯でした。商人は蕎麦屋の足もとに倒れ込み、お堀のそばで女を見た、でもその女が見せたものは言えない、とあえぎます。すると蕎麦屋は、それはこんな顔だったかね、と言いながら自分の顔をなでました。その顔は卵のようにつるりとなり、同時に灯りがふっと消えます。話はそこで終わり、その後のことは何も書かれていません。
主な登場人物
主人公は京橋の年寄りの商人です。原典では「むじなを最後に見た人」で、話はこの人が語ったものとして書かれています。名前や年齢、商売の中身は書かれていませんが、泣いている見知らぬ娘を放っておけない、本当に親切な人として描かれています。
お堀のそばの娘は、ひと言も話さず、ただ泣き続けます。蕎麦屋は乱暴で冷たい口ぶりの男で、最後に自分の顔をなでて見せます。題名から、この二人はどちらもむじなが化けた姿だと読むのが自然ですが、本文ではっきりそう書いてあるわけではありません。動物の姿のむじなは、一度も出てきません。
この話の背景と怖さのポイント
紀伊国坂は実在する坂で、今の東京・赤坂のあたりにあります。名前の由来について、八雲自身は「知らない」と書いています。近くに紀州徳川家の屋敷があったから、という説がよく知られています。
むじなは、昔の日本でアナグマやタヌキなどを指した言葉で、キツネやタヌキと同じように人を化かす動物として語られてきました。目も鼻も口もない顔の妖怪は「のっぺらぼう」と呼ばれ、この話はその代表として広く知られるようになりました。
この話が怖いのは、商人が親切だったからこそ怪異に出会ってしまうところと、やっと見つけた「助かった」と思える明かりの中で、もう一度同じ恐怖が待っているところです。最後に灯りが消え、説明もないまま終わるので、読む人は暗闇の中に取り残されたような気持ちになります。
漫画版で変えたところ・足したところ
漫画では、行灯の前で怪談を語る語り手「福来」が登場し、最後に行灯を吹き消して話をしめくくります。この語り手は原典にはいない、漫画のオリジナルです。
原典はとても短い話なので、漫画では坂の暗さ、お堀の水の音、風や虫の声などの空気や、商人がどこから帰る途中だったかといった心の中の様子を、想像でふくらませています。娘の着物の色や柄、のっぺらぼうの顔の描き方、蕎麦屋が背を向けたまま応対する演出も、漫画で工夫した部分です。時代も、原典では「街灯や人力車より前」としか書かれていないため、江戸時代の終わりごろとしています。最後の真っ黒なページは、灯りが消えて終わる原典の結末に合わせたものです。
漫画で読むには
Manga Portal の『怪談傑作集 ―百物語の夜―』第3話では、この「むじな」を、暗い坂を逃げる商人の息づかいと、だんだん近づく提灯の明かりで描いています。文章で読むのとはまた違う、振り向いた瞬間の怖さを味わえます。全話無料・会員登録なしで読めるので、夜ふけにページをめくってみてください。
この話の登場人物
- 京橋の老商人(きょうばしのろうしょうにん)
- 夜の紀伊国坂で泣く娘を気づかった親切な年寄りの商人で、むじなを最後に見た人として話を語ります。
- お堀のそばの娘(おじょちゅう)
- お堀のそばで袖に顔を隠して泣き続け、振り向くと目も鼻も口もない顔を見せる娘です。
- 蕎麦屋(そばや)
- 道ばたに屋台を出していた流しの蕎麦売りで、逃げてきた商人の前で自分の顔をなでて、卵のような顔を見せます。
- むじな
- 紀伊国坂に出て人を化かすと言われた存在で、娘と蕎麦屋はその化けた姿だと読まれています。
- 小泉八雲(こいずみやくも)
- ラフカディオ・ハーンの日本名で、この話を『怪談』に書き、冒頭で坂と言い伝えを紹介する語り手です。
よくある質問
小泉八雲の「むじな」はどんな話?
夜の紀伊国坂で泣いている娘に声をかけた商人が、目も鼻も口もない顔を見て逃げ出す話です。逃げた先の蕎麦屋も同じ顔を見せ、灯りが消えて終わります。
のっぺらぼうとむじなは同じもの?
この話では、のっぺらぼうの顔を見せる娘と蕎麦屋が、むじなの化けた姿だと読むのが自然です。ただし本文ではっきり「むじなが化けた」とは書かれていません。
紀伊国坂はどこにある?
東京都港区の赤坂のあたりにある実在の坂です。名前は、近くに紀州徳川家の屋敷があったことに由来するという説が知られています。
「むじな」の最後はどうなる?
蕎麦屋が顔をなでて卵のような顔を見せた瞬間に灯りが消え、話はそこで終わります。商人がその夜どうなったかは書かれていません。
「むじな」はどの本に入っている?
小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)が1904年に出した英語の本『Kwaidan(怪談)』に入っています。「耳なし芳一」や「雪女」と同じ本です。
漫画を最初から読む(無料)