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朝倉義景(朝倉左衛門督)とは

一乗谷を失った越前の大名

朝倉左衛門督義景(あさくらよしかげ)

朝倉義景(あさくら よしかげ)とは、越前(いまの福井県北部)を治めた戦国大名で、一乗谷を本拠に栄えた朝倉家の最後の当主です。信長と長く戦い、浅井長政とともに信長を苦しめましたが、1573年に滅ぼされました。

第7話の金ヶ崎や第8話の姉川で信長と戦ったのは主に一族や家臣で、姉川では朝倉孫三郎(景健)が軍を率いました。第10話では信長に追われて一乗谷を捨てて逃れ、一族の景鏡に背かれて自害します。翌年の元日、その首は金で彩られ、宴の席に出されました。

流浪中の足利義昭は、信長より先に義景を頼りましたが、義景は京へ軍を動かしませんでした。一乗谷の町の跡は「一乗谷朝倉氏遺跡」として今も福井市に残り、当時の城下町の様子を伝えています。

第10話から読む(無料)

登場する話1

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