ねね(おね)とは
秀吉の妻、のちの北政所
ねね(ねね)
ねね(北政所〈きたのまんどころ〉)とは、豊臣秀吉の妻です。名は「おね」「寧」などとも伝わり、諸説あります。杉原家に生まれ、浅野家の養女になったとされ、秀吉がまだ木下藤吉郎だったころに結ばれました。
この作品では、藤吉郎の妻となる女性として第2話から登場します。ただ、『太閤記』の中でねねがどう語られるかは確かめている途中で、二人が結ばれた話は主に通説に沿っています。
夫が関白になると北政所と呼ばれ、実の子はいなかったものの、加藤清正や福島正則など若い家臣の世話をしたと伝えられます。秀吉の死後に出家して高台院と名のり、京都に高台寺を建てて夫を弔い、寛永元年(1624年)に亡くなりました。
登場する話3
第2話
上司の草履を温めた。ゴマすりか?草履取りの藤吉郎
主人の草履を懐で温めた最下層の使用人・藤吉郎が、誰がやっても終わらない城の塀の修理を大口で引き受ける。口を閉じて職人の話を聞き、手柄を人に渡したとき、動かなかった人々が動き出す。ただのゴマすりか、それとも――。
19ページ第3話
敵が寝ている間に、城を建てろ墨俣の一夜城
敵の目の前で城を建てては壊される難題を、笑われながら引き受けた藤吉郎は「建てずに運ぶ」方法で川の男たちと職人を動かす。決行の夜、部材の筏か流された仲間かを迫られた彼の選択が、敵の朝を奪う。
21ページ第4話
16人で城を奪い、なぜか返した竹中半兵衛
十六人で城を奪い、なぜかその城を返して山に消えた男を、藤吉郎は口説きに通う。お世辞も贈り物も先に言い当てられ、手札をなくした三度目、彼が差し出したのは自分の弱さだった。
19ページ